2008年12月26日

現実はきびしい!

 今年も残りあとわずかとなった。今日は御用納めだから、ほとんどの企業は今日で仕事を終えるのかもしれない。もちろん私には関係ない。銀行が30日までやっている以上、私はそれに付き合わないとならないからだ。
 
 この23日から25日までの間、街の感じを眺めていると、今年は世相を反映してか、どうも例年の華やかさが欠けているいるように感じるがする。まぁそれでも街にやはりこの時期ならではの雰囲気がある。
 今年はイブ、クリスマスは平日なので、天皇誕生日にクリスマスをやっちゃうところも多いのか、店頭にはケーキを売ろうと店員がサンタかトナカイの格好をして街ゆく人たちに大声をかけている。
 私もかみさんと錦糸町に繰り出す。錦糸町に出ると、いつもアルカキッドの上にあるとんかつ和幸に入って、一口ひれかつ定食を食べている。ここのところ多少胃の調子が良くなっているので、ご飯のおかわりをしてしまった。
 その後丸井にあるスタバに行く。目的はベアリスタの新作?を買うためである。実はうちに一匹いる。北京オリンピックバージョンのやつで、今年の春たまたま入った店にそれがあって、かみさんが一目見て気に入ってしまい、買うはめになった。で、今度は一匹じゃかわいそうだということで、新作が出たからそれを買おうということになったのだ。今度はジンジャーブレッドボーイというやつ。まったく暇な夫婦だと我ながら思うし、何のためにスタバに行くのか、意味不明のところがあるが、まぁ仕方がない。とにかく一匹買ってくる。


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 その後西武に入ってクリスマスケーキを買い、帰る。
 当然とんかつで腹一杯になっているところにそのケーキが入るわけで、これはやばいなと思って体重計に乗ってみると、案の定一キロ体重が増えている。さっきも言ったように、ここのところ胃の調子がいいものだから、バカスカ食っていた結果だ。
 そんな状態で、自転車に乗ってお茶の水店に行けば、坂がかなりきつい。息切れがしてしまう。身体が重いのだ。とにかく一気に坂が登れない。
 元々運動不足である。たまたま胃の調子が悪かったから、食が細いところで、食べ過ぎを防いでいた。それが食べられるようになれば、当然太る。それがここのところの状態だ。
 実を言うとここのところ胃腸の調子がいいのだ。だから食欲が出てきている。今月初めにまた薬を変えてもらったのだが、どうやらそれが効果が出ているようである。
 もちろん完全というわけじゃないが、それでも一時から比べれば雲泥の差である。やっと症状を緩和してくれる薬を処方してくれる先生に巡り会ったという気持が強い。正月もこのままこれらの薬を飲んでいれば安心だなと思っていたら、どう考えても薬が足らない。勘違いをしていた。月初めに28日分の処方せんを書いてもらったわけだから、当然である。やばいと思い、慌てて病院へ行く。
 先生にどうですか?と聞かれ、かなり楽になっていますと伝える。というわけで、前回同様の薬を出してもらう。しかし先生には釘を刺される。正月無理をしないようにと、この病気は波があるから、調子がいいと思っていても、悪くなるときもあるからと。私はただ「はい」と言うだけであった。もちろん正月だからといって暴飲暴食などするつもりもないし、このまま良くなるとは思ってもいない。

 今朝メールをチェックしていたら大学の友人から先日の忘年会の写真を送ったからというメールがあった。それをダウンロードして、眺めてみるとみんな歳をとったなぁと思った。自分を含め、明らかにオジンやオバンになっている。顔は老け、身体は不要に太り、髪の毛はなくなるか、白くなっている。それを補うために汚いひげなどはやすものだから、余計に醜い。私同様薬を飲んでいるやつもいる。体調不良で今回参加できなかったやつもいる。寄る年波には勝てないなという感じだ。現実はとにかくきびしいもんだ。

2008年12月17日

私にはできないこと、できること

 毎年年間100冊は本を読みたいなと年始めに思い、それを目標にしている。といってもその目標目指して遮二無二本を読もうなんて気はない。まぁそれだけ読めればいいじゃんという程度のものである。もちろん社会人になってからは、年間100冊など読めやしない。まして精神的起伏が激しい人なので、気持がハイの時はすらすら読めても、落ち込んじゃった時は本の表紙すら見たくないというときが、年に何回か訪れる。そんなときはほとんど本を読むことが無理なのである。今年は現在95冊で、もしかしたら目標達成できる可能性はあるけれど、後半月しか残っていないから、やっぱり無理かもしれない。
 本を多く読むことが目的じゃないことはよくわかっている。要はいかに内容の濃い読書をしたか、あるいは本をどれだけ楽しんだかであろう。そういう意味では毎年楽しんではいるから、年間100冊などどうでもいいのかもしれない。あるいは年間100冊読めれば、その分それだけ多く本を楽しんだことになるんじゃないかと思うのである。

 私のブログに「本ブログ」というリンクが貼ってある。リンクした理由は、私の読書感想文がどれだけ人気があるか知りたかったからだ。最初は結構いけてると思っていたのだけれど、ランキングを見ると大体定位置が決まっている。これだけ本を読んでいるのだから、もう少し上位にあってもいいじゃんと思っていたが、いつもおなじ位地だ。なんでだろうと思っていたときもあったが、最近は“だろうな”という気持になっている。要するに今ウケしない本ばかり読んでいるからである。
 たとえば、上位に位置する人のブログを拝見させてもらうと、やっぱり今ウケている話題の作家さんの本のことが書かれているのである。別に悪口を言うつもりはさらさらないのだが、私からすれば“軽い”本、流行の本を書かれている人のブログの方が上位にランキングするようだ。そうわかったとき、私のブログの位置はここだろうし、むしろ上位にありすぎるかもしれないと思った。
 ネットで本のことを書くなら、やっぱり話題性があることが一番いい。それこそネットの存在感ここにありといったものが、最近流行のものは何かにある以上、当然そうなるであろう。
 ちやほやされ、流行の最先端を行っている本がすべて悪いとは思わないが、どこかただ単に時代の波に流されている、あるいはそれに乗っているだけのことであって、軽さはあるけど重みのない、時が経てばすぐ風化してしまうように思えてならない。さらに言わせてもらえば、ただ流行に乗り遅れまいとするだけで、そこには自分がどうしてこの本を読みたかったのか、その意味が感じられない。それは偏見かもしれないけれど、少なくとも私にはできないなと思うのだ。
 それに歳のせいか、そういう流行のもについていきたいという気持になれない。それより読めなかった本を今なら読めるかもしれないという気持で、昔買った本を手にすることが多い。あるいはちょっと前の作家さんの本を読む方が、年齢的に同感できる部分が多いので、読んでいて“そうそう”とうなずけちゃうところがいい。
 だから、最近本屋さんへ行っても自分の好きだった作家さんの本がほとんど棚に並んでいないからおもしろくないのである。それよりもブックオフの棚の方がおもしろいのだ。
 ブックオフにもちょっと前の本たちが並んでいる。それはそれで多少読んでみようかという気持のなった本があれば買うけれど、それよりも古い本が無造作に並んでいる方が好きだし、その中から読みたい作家さん本があれば、お宝発見じゃないけれど、何か得した気持になれるから好きである。
 そういう本を見つけると、うれしくなる。おもしろいもので、私がお宝と思った本は、大体が全部読まれた形跡がない。なぜそれがわかるかといえば、たとえばしおりが途中ではさまっていたり、出版社の案内が買ったときのままはさまれていたりするので、ああ、この本は途中で投げ出されちゃったんだなと思うのだ。そう思うと、じゃあ俺がきちんと読んでやるという気分になる。
 そんな本ばかり読んでいるから、今ウケするわけがないのだ。でもそれでいいと思っている。going my wayである。もともと勝手気儘に始めたブログである。人様の目を気にしながらやっていたら、こうも続くまい。自分が読みたい本を読む。これだけなのだ。

2008年12月10日

腹の立つこと

 12月になって、大学の友人から秋葉原で忘年会をやろうというメールが来る。秋葉原となれば私のいる事務所があるところだから、必然的に私が場所を手配することになる。
 胃の調子がおかしくなって、飲みに行くことがなくなったから、どこに行けばいいかわからない。でも最近の秋葉は再開発で大きなビルができ、そこに多くの飲み屋が入っているから、ぐるなびで探せばなんとかなるだろうと思い、検索し、適当なところに電話をかけてみると、いっぱいだと何件か断られた。仕方がないので駅前はやめにして、通りの奥にある店にする。
 で、それを友人に連絡するのだが、必然的にメールでやる。これだと一回書いた文章をコピーして、直すべきところを直して送信すれば簡単に済む。ところが一人、携帯もパソコンも持っていない奴がいる。こいつのためにわざわざ電話を取って、話さなければならないのである。
 電話をすれば、やたら明るい声で、おお!とのたまう。おお!じゃないって。お前だけがメールアドレスを持っていないから、こうして電話しなきゃならない手間を考えろ!と怒鳴りつける。まさかお前のところはダイアル式の黒電話などつかっているんじゃないだろうな?
 やつはこのことに関してなんだかんだと言うのだが、偉そうに最近アイフォンは気にかかるという。アイフォンでも何でもいいからとにかくメールアドレスを持てと強く言う。お前のために面倒でしょうがないのだ。

 昨日、神田の三省堂本店で本を買った。買うつもりもなかった本だったのだが、入り口近くのワゴンに大量に積まれていて、気になって見ているうちに読んでみようかと思い買ってしまった。(失敗だった)
 そういえば、この店では話題の新刊をブロックみたいに交互に積み上げ、オブジェみたいにしているのを何度か見かけた。確かめはしなかったけれど、見本じゃなく、本物の新刊だろうと思った。それを見たとき無性に腹が立った。そのオブジェは結構な高さであった。ということは冊数もかなりの数になるはずだ。こんなことをするために、この店に大量に新刊を入荷させ、街の本屋さんには一冊もいかないなんておかしくないか?街の本屋のおやじさんはこの一冊の新刊を手に入れるため苦労しているのに、ここではその新刊がオブジェのためのブロック化しているのである。
 誰のアイデアか知らないけれど、こんな馬鹿なことに出版社の営業もからんでいるなら、おまえら馬鹿じゃないかと怒鳴りつけたくなる。
 たとえそれがこの店の配本でまかなっているとしても、このオブジェ化された本がいきなりなくなるほど売れるわけがないだろう。なぜならせっかく苦労して積み上げたものを、そう早く壊さなければならないほどの売れ行きなら、そもそもこんなものなど作らないだろう。だったらここに積み上げられた本を街の本屋さんに回した方が出版界のためにもいい。
 何を大袈裟なことを言っているんだと言われそうだけれど、こうした大書店に偏った新刊配本をして、中小書店には一冊も配本がないということは、そのお店にとって大きな機会損失なのである。これが毎日発売される新刊全てに及んでいるのだから、街の本屋さんの売上に大きな影響を及ぼす。そうしたことが進めば、閉店ということになるわけだ。

 街の本屋さんは今まで面として出版業界を支えてきた。ところがその本屋さんがなくなってしまうと、駅前などにある大書店が点として出版界を支えなきゃならなくなる。要は、休みになどにサンダルをつっかけて本など見てみようかということが出来なくなったということなのである。街の本屋さんはそういうお客さんの面倒を見ていたのだ。これが出来なくなったことが、出版不況の一因にもなっていることを忘れてはならないだろう。わざわざ駅前まで行って本を買うなら、アマゾンで買えば楽だ。リアル書店がダメになるのも当然である。
 このように三省堂のような大書店が新刊を独占することは、自分で自分の首を絞めていると自覚すべきことなのだ。
 だからこそ街の本屋さんももっともっと怒っていい。まぁ日々の業務に忙しいから、わざわざこの店に来てこの状態を目にすることなどないだろうから、仕方がないかもしれないが・・・。それにしてもひどい。


 社長が書類整理をしていたら、大量のSFカードとオレンジカードが出てきた。その時はもうこのカードは使えないだろうと思っていたが、例の性格から「なんとかしてもらえ!」ご命令。仕方なしにまずは地下鉄秋葉原駅の駅長室へ行ってみる。

「すいませ~ん。あの、このカードが大量に残ってしまっているんですが、なんとかならないでしょうか?」
「このカードは改札では今は使えないですけれど、券売機は使えますよ。あるいは払い戻しが出来ますが・・・」

 おお、そのお言葉を待っていた。

「それじゃ、払い戻ししてもらえますか?」

 ということで、50枚以上のSFカードを払い戻してもらった。これならJRも払い戻してくれるだろうと、その足でJRの秋葉原駅で聞いてみる。すると、

「このカードは今は改札では使えないけれど、券売機は使えますよ」
「あの~、これ払い戻しはできません?」
「できません!」

 と素っ気ないお言葉を返してくれる。自分のカードなら「地下鉄は払い戻してくれたんですけど、ダメですか?」と案外食い下がったかもしれないが、なんせ人のカードである。「ああ、そうですか」とそのまま引き下がる。

 それを社長に言い、払い戻してもらったお金とオレンジカードを返す。どういう風の吹き回しか知らないが、換金できなかったオレンジカード3枚くれた。くれたといっても、お茶の水店に行くときに使うのだけれど。
 今日そのカードを使って、キップを買う。改札にキップを通すと、先にある画面に「きっぷ」と出て来る。わかってるわい!キップじゃいけないのか!SuicaやPASMOを使うのが当たり前の時代である。いまごろキップを買うなんておかしいんじゃないのといった感じがしてしまう。
 考えてみると、ほんとキップを買わなくなったと思った。


 今日はボーナス支給日である。当社はボーナスだけは現金支給なのである。小切手に裏判を押して、現金化する。しかし10日である。銀行は混んでいる。それがわかっていたので、朝イチで銀行に行く。待たされることは覚悟していたので、持っている文庫本を読み始める。しばらくすると、行員が頼みもしないのに私の近くに来て、「もう少し待ってくれ」と言う。覚悟していたのでこの時は「はい」と素直にうなずく。
 ところがまたしばらくして行員が私のところに来て、パンフレットを持ってくる。それには前日に両替票を持ってくれば、早く受け取れるし、振込もご利用下さいと書かれていた。そんなことわかっているわい!こっちだって混んでいる銀行など来たくない。しかもこの後現金を数えて、袋詰めもしなければならないのだ。パソコンで振り込んじゃった方が楽だし、そうしたいのだが、如何せんデータが昨日の夕方までこちらに来ないのだから仕方がないのだ。もともと現金化するだけで腹立たしいのに、わざわざパンフレット持ってきて、火に油を注ぐような言い方をするなと言いたくなってしまった。こっちにもそれなりの理由があんるんじゃい!なんでもかんでも、省力化するなと言いたくなってしまった。

2008年12月03日

模様替え

 先週土曜日に、事務所の机やパソコン、コピー機など、大幅に配置換えをした。今まで銀行振込用のパソコンが一台事務所の私の机の横にあったものが不要になったからだ。その分整理すれば、狭い私の回りがすっきりとなると思ったのである。
 最初はただいらないパソコンやその台をどかして、その他の備品を移動するだけで簡単に済むと思っていたのだが、そうはいかなかった。まずは電話回線が無要に長くとってあって、それがこんがらがっている。ISDNだから、電話とFAXの二回線分かれているから余計である。その上パソコンの配線があって、電源のための延長コード(これも間に合わせのものを使っていたのでやたらと長い)とからみ合ってしまっている。
 まずはそれらの配線をきちんと分けて、すっきりとさせなければならない。その上で机や棚、あるいはコピー機などにきちんと配線し直す。また無用に長い延長コードは、ただ埃などがたまるだけなので、この際きちんと長さのあったものに替えた。
 そんなこんなやって、結局夕方までかかってしまった。床にはいつくばったり、机や棚の移動などやったりしたものだから、えらく疲れてしまう。とりあえず切りのいいところやめにした。
 週明け、早速新しい位地の机向かう。パソコンの本体や周辺機器を横にある棚に移したので、モニターが机の角に置ける。そのため今までモニターとキーボードでほとんど机を占領していたのが、デスクワークするにもってこいの広さが確保できた。
 これはいい!思う存分書類や伝票が広げられる。こんなに机の上が広くなるとは予想もしていなかったので、非常にうれしい。
 また今まで予備の机やコピー機などが置かれていたため、その後ろが結構狭かった。それが一気になくなったので、なんかのびのび出来る。そのため気分もいい。
 また後ろにある棚の引き出しが有効に使えるようになった。今までは棚の前にコピー機や補助の机などがあって、引き出しが開けられなかったのだ。だからだからそこにはほとんど使いもしない資料や伝票などを入れていた。今度はその引き出しが自由に開けられる。ここにある資料や伝票などは、さっさと処分して、引き出しをもっと必要性の高いものに入れ替えるべきだろう。
 やっと先日いらない書類は処分し終わったと思っていたのだが、再度シュレッダーにかけなければならない。まぁ、身の回りを軽くすることは大賛成だし、またそんなにすべて管理できないので、処分するに越したことはない。これからまた書類の処分に追われることになりそうだ。