2009年01月25日

今年の初詣

 ここのところ新年の初詣は正月休みの混雑を避けて、ある程度日にちをおいていくことにしている。昨日かみさんと二人で浅草寺に行った。それでも結構な人出で、浅草寺まで行く仲見世通りはなかなか先に進まなかった。
 毎年仲見世通りからちょっと入った日本そば屋さんで食事をするのだが、今年は先に娘の彼氏と会って、一緒に食事をしてしまったので、今回はここはなし。
 境内に入り、賽銭を投げ、お詣りをして、お払いをして、お守りを買って帰る。帰りにいつも買っている木村屋本店で人形焼きを買い、また仲見世通りを戻り、これもいつも入っている喫茶店へ行く。


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 そのまま松屋の前に出て、夕食のお弁当を買って帰った。もちろん地下鉄でである。子供の頃は、家の近くの通りから上野広小路行き都バスが出ていて、結構長いこと乗って浅草寺の裏側で下りた。そのまますぐ境内に入れたのだけれど、この路線がなくなってしまい、去年までは都営新宿線で馬喰横山の駅まで行って、浅草線に乗り換えていた。今年は同じ新宿線だけれども、馬喰横山まで行かずに住吉で下り、半蔵門線に乗り換え、押上まで行って、そこから浅草線に乗り換える。料金は乗り換えが多い分多少高くなるが、時間が短縮できるので、これからはこれで行こうと思う。

 初詣に行って今年も無病息災をお願いするけれども、今ひとつ気持ちがこもらない。もともと無神論者なので、こんなことをしても仕方がないじゃないかと思っているので余計である。我が家の行事の一つとして、浅草まで行ったという感じだ。
 でも浅草や上野、あるいはその周辺の下町風情というのは興味がある。地下鉄の浅草駅の汚さは個人的には好きだなぁ。通路が狭くて、しかも階段が多く、上がったり、下がったりして、今盛んに叫ばれているバリアフリーなんて関係ないもんねという感じの風情はある意味、貴重だ。駅の柱にある喫茶店の広告には今時“ルノワール”でも言わない“純喫茶”なんていう文字もあっていいもんだ。 
 先に入った喫茶店もさすが“純喫茶”とはうたっていないけれど、一昔前の喫茶店という感じでとても気に入っている。古めかしいのもいい。昨年までは禁煙席なんてやっていなかったのだが、今年は1階を禁煙席にし、2階を喫煙席と分けていた。これもご時世かと思った。
 今年は“ちい散歩”じゃないけれど、吉村昭さんのエッセイなど読んだ関係で、このあたりを散歩がてら歩いてみたいなと思っている。

 そんなの関係ないといえば、新聞にゴヤの「巨人」が実は弟子のアセンシオ・フリアの作品作である可能性が高いという記事があった。


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 近くそれを所蔵するプラド美術館が発表するらしい。でも美術館では人気が高いからそのまま展示するという。ゴヤであろうがなかろうが、最も人気のある作品なので、そんなの関係ないというところか?でも、どうなんだろう。「巨人」がゴヤの作品だったから人気があったのだろう。そうじゃないとわかったら人気がた落ちってことにならないのだろうか?私の持っているゴヤの画集はもちろん「巨人」が掲載されている。今後美術全集など刊行されれば、この作品は削除されるのだろう。私はどういうわけか、この「巨人」と「我が子を食らうサトゥルヌス」がごっちゃになってしまうので、これで間違える心配はなくなるかもしれない。

2009年01月13日

成人式

 今年の新成人は昭和から平成に変わった年に生まれた。息子もそうである。息子の成人式は娘の時のように式典に参加するまでの準備がない分、親の方もバタバタしないので、ある意味楽である。出かける前にスーツを着た息子の写真を撮る。私と同じように息子も写真に撮られるのが嫌いなので、最初嫌がっていたが、記念だからと、強引にカメラの前に立たせる。
 出来上がった息子の写真を見てみると、やはり立派になったなと思う。決して親馬鹿でなく、小さいときからずっと見てきているから、そう思うのである。
 ふと自分の成人式の頃と息子を比べてみると、明らかに息子たちの方が生き方自体しっかりしていると思う。息子の考え方や、生き方の方が極めて現実的だ。私の頃はつまらぬ夢みたいなものや理想など思いをはせるばかりで、ちっとも現実を直視していなかったと思うのだ。もちろん時代がそういうことを許してくれた時代だったからかもしれないし、今は逆にそんなことばかり考えている人間の方が馬鹿じゃないと言われかねない時代だから、必然的そうならざるを得ないのかもしれない。
 
 華やかな成人式のニュースを見ていると、自分のときことといつも比べてしまう。私は高校を卒業してから、その年に入った大学を秋に辞めてしまった。その後のことなどほとんどなにも考えていなくて、翌年もう一度大学受験をするために予備校に通い始め、二十歳の成人式のときは、試験が間近に迫っていた頃であった。
 一度ドロップアウトした人間はなかなか立ち上がれないもので、迫る大学入試にほとんど希望の持てない状況であった。試験の追い込みの時期なのに、授業にも出ずに予備校の近くの喫茶店のテレビから流れる成人式のニュースを眺めていた。その後ラグビーの早明戦を見ていた。寒い小雪の降る日だった。
 私は毎年その年の成人式のニュースを見るたびに自分のあの頃のことを思い出してしまうので、正直いい気持ちになれないでいる。一方が華やかであるだけに余計に自分が惨めになってしまうのだ。

 江戸川区の新成人を祝う祝典から帰ってきた息子が、もらったものとしてはがきのセットを放り出す。中身を見てみると、イラストの入ったはがき数枚と、切手が入っていた。思わずなんだこれ?と言ってしまった。なんではがきなんだと思った。もちろんわからないこともない部分は確かにある。
 これだけ携帯の普及率が上がった今だからこそ、手書きで書いてみませんかというところなんだろう。私はこうした考え方が嫌いである。直筆で書いたものが心がこもっていて、携帯やパソコンのメールが心がこもっていないとどうして言い切れるのだろうか?その文章が心がこもっているかどうかは、内容にあるのだと思うのだ。確かに手書きであれば自分で書くという作業が加わるから、その分手間や時間、労力がかかっているかもしれないけれど、だからといってそうして書かれたものであっても、しょうもないものはしょうもないではないかと思うのだ。こういう安易な発想はやめてもらいたいものだ。
 それにしてもえらく安上がりなプレゼントだなと正直思った。私の時はコンパクトな清水書院の国語辞典だった。これは一回も引くことなく今も本棚の奥にある。だっていつも使っている辞書があるのだから、そっちの方がいいに決まっている。ただ息子の時よりは経費がかかっているだろう。
 今地方が財政難と言われているけれど、そんな現状をここに見るようである。しかし高い住民税を払わされている住民としてはちょっとひどくないかと思わないでもない。

2009年01月01日

謹賀新年

 まずは昨年末の様子を少し。
 12月30日までいつものように仕事をする。銀行が30日までやっているので、この仕事上どうしても付き合わねばならない。もっともこのことは仕方がないと諦めている。むしろみんなが休んでいるときに、仕事に出れば、普段とは違う通勤風景がそこにはあるし、街の人通りも、おそらく車も少ないに違いない。それはそれで眺めていると結構楽しい。最寄りの駅からは、すぐ座れる。いつものように本を取り出し、読み始めるが、ふとページから目を離して周りを眺めれば、皆さんお疲れの様子。なんでみんなが休んでいるのに俺は出勤しなければならないのだという雰囲気がありありと感じられる。
 会社について、パソコンに電源を入れ、ラジオのスイッチを入れれば、いつもの声が聞こえる。前の日に床掃除をしてもらったので、事務所全体が明るい感じがする。あらためて今年事務所の模様替えをしてよかったなと思った。とにかく全体がすっきりした。いらない書類もだいぶ処分したので、棚もすっきりしている。
 駅前のベローチェで買ってきたコーヒーをすすりながらまずはメールのチャック。ほとんどが迷惑メールだ。当たり前だ。だってみんな休みだから用件があるわけがない。一気に迷惑メールを削除して、仕事にかかる。銀行関係の手続きは前日にパソコンでやってしまったので、本日は請求書などの書類整理と現金の残高の確認をする。後、来月までの資金繰り表を作成して、これなら6日まで休んでもなんら問題ないなと安心する。すべて予定通りである。
 昼になり、事務所を出て、食事をするため秋葉原の中央通りまで出てみる。ここは結構人通りがある。若い連中が列をなして歩いている。こんな奴らの中から、異端分子が出てきて、あの事件がここで起こったのかなと思った。仲間意識や連帯意識があるように見えて、実は孤独感で一杯の人間が、ここにどれだけいるのだろうか?
 3時になり、当座の確認をして仕事を終える。いつものように社長に業務報告をFAXする。すぐに電話が入る。、「おつかれさん」と社長から言われ、細かい打ち合わせをして電話を切る。その後掃除を簡単にして、カレンダーを来年のものに取り替える。
 4時過ぎに鍵を確認して事務所を出る。途中岩本町のドトールによって、一人で「お疲れ様」という感じで、コーヒーを飲む。読みかけの本を取り出し、しばらく読み続ける。


 昨年は目標にしていた年間100冊読破の目標が社会人になって初めて達成できた。正確に言えば101冊読んでいた。まぁ、数多く読めばいいものじゃないことぐらいよくわかっているが、本を多く読めれば、それだけいい本に出会える可能性は広がるんじゃないかという意味で、いつも年始めに「年間100冊読破!」を目標にかかげるだけである。そしてそれが昨年達成できたということだけのこと。
 昨年の読書内容で一番大きな変化は、まず阿刀田高さんの作品に惹かれたこと。そして後半は吉村昭さんにも惹かれた。これが一番だ。
 私は読みたいと思った作家さん本をとにかくまず集めることから始めるので、阿刀田高さんや吉村昭さん本をせっせと集め始めた。幸い昨年4月に秋葉原に都内最大のブックオフができたので、せっせと通い本を集めた。お陰で結構本が集まった。もちろんその中の数冊は読んできたが、今年はこれらの本をじっくり腰を据えて読んでみたいなと思っている。
 また本棚の整理が途中で止まっているので、これも続けてやらなければならない。本棚の整理をしていると昔読んだ本などが気になりあらためて読んでみたくなるのだけれど、それもいいかもと思っている。
 本の整理といえば、昨年はちょこちょこ本をブックオフに売った。売ったというより処分したといった感じだ。今までなかなかつまらない本など処分できなかったのだけれど、こうして読んだ本のことをブログで書くことで、面白くなかった本が簡単に判断でき、売ろうかどうか迷う必要がなくなった。自分のブログで、つまらない!と書き込んだら、すぐブックオフ行きと簡単に気持ちの整理がつくのである。このため今年は全体として棚の本は増えなかったようである。これはブログをやっている予想しなかった効果であった。

 体調の方は昨年は一進一退を繰り返しているようではあったが、それでも少しは改善している感じがするので、このまま行けばいいなと思っている。歳をとってきているんだから、いつまでも若いときのようにはいかない。とにかく無理はしないようにしたい。無理はこたえる。そういえば、大学の友人の体調不良も気にかかる。今年会えればいいのだけれどと思う。
 1月には息子が成人式を迎え、2月には社長の叙勲のお祝いの会がある。3月には長女が結婚する。なんだかんだと激動の1年になりそうだけれど、変化がある中で自分を見失わないようにしたいと考えている。
 今年もこのブログにはどうでもいいことを書きつづっていくのだろうと思うけれど、お付き合い願えれば幸いです。よろしくおねがいいたします。

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