2009年01月13日

成人式

 今年の新成人は昭和から平成に変わった年に生まれた。息子もそうである。息子の成人式は娘の時のように式典に参加するまでの準備がない分、親の方もバタバタしないので、ある意味楽である。出かける前にスーツを着た息子の写真を撮る。私と同じように息子も写真に撮られるのが嫌いなので、最初嫌がっていたが、記念だからと、強引にカメラの前に立たせる。
 出来上がった息子の写真を見てみると、やはり立派になったなと思う。決して親馬鹿でなく、小さいときからずっと見てきているから、そう思うのである。
 ふと自分の成人式の頃と息子を比べてみると、明らかに息子たちの方が生き方自体しっかりしていると思う。息子の考え方や、生き方の方が極めて現実的だ。私の頃はつまらぬ夢みたいなものや理想など思いをはせるばかりで、ちっとも現実を直視していなかったと思うのだ。もちろん時代がそういうことを許してくれた時代だったからかもしれないし、今は逆にそんなことばかり考えている人間の方が馬鹿じゃないと言われかねない時代だから、必然的そうならざるを得ないのかもしれない。
 
 華やかな成人式のニュースを見ていると、自分のときことといつも比べてしまう。私は高校を卒業してから、その年に入った大学を秋に辞めてしまった。その後のことなどほとんどなにも考えていなくて、翌年もう一度大学受験をするために予備校に通い始め、二十歳の成人式のときは、試験が間近に迫っていた頃であった。
 一度ドロップアウトした人間はなかなか立ち上がれないもので、迫る大学入試にほとんど希望の持てない状況であった。試験の追い込みの時期なのに、授業にも出ずに予備校の近くの喫茶店のテレビから流れる成人式のニュースを眺めていた。その後ラグビーの早明戦を見ていた。寒い小雪の降る日だった。
 私は毎年その年の成人式のニュースを見るたびに自分のあの頃のことを思い出してしまうので、正直いい気持ちになれないでいる。一方が華やかであるだけに余計に自分が惨めになってしまうのだ。

 江戸川区の新成人を祝う祝典から帰ってきた息子が、もらったものとしてはがきのセットを放り出す。中身を見てみると、イラストの入ったはがき数枚と、切手が入っていた。思わずなんだこれ?と言ってしまった。なんではがきなんだと思った。もちろんわからないこともない部分は確かにある。
 これだけ携帯の普及率が上がった今だからこそ、手書きで書いてみませんかというところなんだろう。私はこうした考え方が嫌いである。直筆で書いたものが心がこもっていて、携帯やパソコンのメールが心がこもっていないとどうして言い切れるのだろうか?その文章が心がこもっているかどうかは、内容にあるのだと思うのだ。確かに手書きであれば自分で書くという作業が加わるから、その分手間や時間、労力がかかっているかもしれないけれど、だからといってそうして書かれたものであっても、しょうもないものはしょうもないではないかと思うのだ。こういう安易な発想はやめてもらいたいものだ。
 それにしてもえらく安上がりなプレゼントだなと正直思った。私の時はコンパクトな清水書院の国語辞典だった。これは一回も引くことなく今も本棚の奥にある。だっていつも使っている辞書があるのだから、そっちの方がいいに決まっている。ただ息子の時よりは経費がかかっているだろう。
 今地方が財政難と言われているけれど、そんな現状をここに見るようである。しかし高い住民税を払わされている住民としてはちょっとひどくないかと思わないでもない。

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