2009年03月23日

浮き足立つ

 後で気がついた。私は浮かれていたのだと。
 土曜日に娘の結婚式があり、はるばる横浜まで出かけていったのだが、その時まではやはり憂鬱であった。そもそもいわゆる式典なるものが苦手で、単なる出席者だけでも気が重くなるのに、今度は娘の親として式に出なければならないのだから、憂鬱になって当然である。
 最初は娘夫婦は式など挙げないつもりでいた。しかし私の希望で式だけは挙げて欲しいと旦那さんになる彼に頼み込んでいるのだから、今更憂鬱だなんて言っていられるわけがない。しかし式場まで行く間、あるいはモーニングを着て、ピエロみたいな格好している自分の姿を鏡で見ると更に憂鬱になっていく。その上式の予行演習などされれば、ますます気持の方が落ち込んでいく。
 しかし親族だけの式を挙げてもらって、やっぱりよかったなと、式が終わってそう感じた。不思議なもので、自分の娘がきれいに見えたし、輝いているのを感じると、こみ上げてくるものがある。
 元々私は娘をとられたといった感じはなかったし、結婚そのものには反対していなかった。それよりも娘が幸せそうな顔をしているのを見るれば、よかったなと思っていたし、更に出来の悪い娘をやさしく見守ってくれる彼に感謝していたくらいだ。
 小さな式だったけれど、私にはどんな結婚式より感動的であった。
 式が終わった後、式場の近くのレストランで娘夫婦と、旦那さんとなった彼の親族と私たち家族は一緒に食事をしながら談笑する。この時私は柄にもなく浮き足立ってしまったのだろう。食事が終わりに近づき、デザートのコーヒーが出た頃、私は彼や彼のお父様や妹さんに挨拶をしたくなった。こんなことは今までの私にはあり得ないことであった。不器用に立ち上がり、今日こうして式を挙げてくれたことをお礼を言い、また娘を彼の家族の一員として迎えてくれたことにもお礼を言い、更にこれから先も娘を家族の一員として扱ってくれるようお願いしたのだ。
 
 翌日もまだ浮かれていたのだろう。息子が撮ってくれた式の写真をパソコンで整理していた。娘と息子の二人の写真を見て、更に感動してしまう。娘のうれしそうな顔と、普段無愛想な息子が笑って二人で写っているのである。パソコンの画面でその写真を見ていたら、急にここにあるすべてのjpgファイルを写真にしたくなった。すぐ近所の写真屋さんに行って、ここにあるファイルを全部2Lサイズの写真にしてくれと頼んでしまう。1時間後写真が出来上がって、会計をしたら、九千いくらとなって、呆然とする。俺はいったい何をしているんだと思ったのだ。
 案の定かみさんに怒られる。そうなのだ。普段なら写真にする場合、パソコンで選んでから、数枚写真に焼き増しするのだが、今回は何も考えず、ファイルすべてを写真にしてしまったのだ。しかも大きなサイズで。かみさんが怒るのも当たり前である。もちろん私も浮き足立っているのがわかったから、何もかみさんに反論できない。
 私は娘の結婚式もうれしかった。だからあり得ない挨拶を自らしてしまったし、息子が一所懸命姉の結婚式の写真を撮ってくれたこと、そして兄弟二人で笑っているツーショットを見て、更にうれしくなってしまったのだ。
 恐らく私の人生の中で、子供たちが生まれてきたことに次いでうれしかったのかもしれない。だから浮き足立ってしまった。今そんな自分が恥ずかしくて仕方がない。まさか私がこんなに浮き足立つなんて思いもしなかった。

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