2009年08月23日

「歩いてわかる 生活リズム」

 一昨日は一日だけ休みを取った。一昨日休めば土日含めて三連休となるし、昨日は大学時代の友人と夜会ったので、その方がいいかなと思ったのだ。それにいささか疲れもあったので余計である。
 8月そうそうぎっくり腰をやってしまい、未だに軽い痛みが残っている。今回はしつこい。お酒を飲んじゃって大丈夫かなとは思うのだけれど、まっそうそう友人と会えないので、その時はその時と思うことにした。
 しかし腰を痛めてから、毎日腰を気につかい、歩き時も、立ち上がるときも、結構神経を使っているものだから、仕事から帰るとぐったり疲れてしまう。案外腰を気づかうことで私の中にストレスとなっているようである。
 幸いかなり良くはなっているけれど、長時間同じ姿勢で座っていて、その後立ち上がるときなど、痛みが走る。前回同様整形外科に行って、牽引機に座る。前回からやり始めたのだけれど、これをやった後かなり楽になる。軽く10分程度なのだが、不思議なものだ。先生からは、まだ腰に張りがあるようだから、時間があるときここによって牽引すればいいと言われる。時間があればよってみるかなという気にはなっている。

 さて、腰を痛めてから朝歩くことを止めている。一番ひどき時は歩くのさえ大変だったから、それから比べれば、今は歩けないこともないのだろうけど、まだ暑さも残っていることだし、もう少し涼しくなってから、再開しようかなと考えている。その頃になれば腰の方も心配なくなるんじゃないかなと思っている。
 今まで歩くときに歩数計を持ち歩いていた。持ち歩いているからといって厳密に毎日の歩数を管理しているからじゃない。それで遊んでいたのである。
 今まで持ち歩いていた歩数計は東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道と五街道のうちどの街道でもいいのだけれど、とにかくこの歩数計を持ち歩いていると、今どこの当たりで、次の宿場まであと何キロと表示される。これが結構面白くて、この歩数計を毎日持ち歩く習慣になった。五街道を擬似的に歩くことをメインにしているため、この歩数計は一日どれだけ歩いたか、あるいはどれだけカロリーを消費したかという健康オタクには向かない代物だけれど、私にとって見れば、そんなことにこだわり始めると長続きしないので、こうしたゲーム感覚の方がいいのだ。
 ところがこの歩数計、何度も落としちゃっているもんだから、ここのところ調子が悪かった。そしてついにお亡くなりになった。やれやれ、今まで東海道、中山道、甲州街道はクリアして、日光街道を歩いている途中であったのに残念。まぁ、壊れちゃったものはしょうがない。次に新しいものを買おうと考える。でも、健康志向ガチガチの歩数計は嫌だな。やっぱりゲーム感覚の方いい。ゲームといえば私の場合ニンテンドーDSでしょう。
 で、これがあるんですね。「歩いてわかる 生活リズム」というやつが。「生活リズム計」というやつを持ち歩いて、一日が終わった時点で、DSの通信機能を使いデータをDSに移し、それでいろいろ言ってくれるらしい。結構すぐれもんじゃないかと思い、たまたまアマゾンで安く売っていたのでそれを注文してみた。


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 それが手元に届いていろいろ試してみる。Miiという機能を使って、画面に自分の分身を作って、それをタッチすれば、今までの自分の記録が見られる。一日の目標歩数が、デフォルトで3,000歩となっているが、今は腰を痛めて歩けないので、しばらくこのままにしておこう。歩けるようになったら10,000歩に変更する予定。
 画面では一日どれだけ歩いたか、時間との関係など、細かくデータが出てくる。細かいことは基本的にどうでもいい。要は一日何歩歩いたか。目標歩数にとどいたかどうかそれに尽きる。でも、一日歩いて、データをDSに移し、それを眺めるのは楽しい。ちょっとやみつきになりそうだ。

 ところでこのソフトには「生活リズム計」が二つ付いている。最初は私一人が使うつもりでいたのだが、かみさんが適当にMiiで作った私に分身にクレームをつける。「似ていない。格好良すぎる」というのである。「いいじゃんゲームの中の話なんだから」と言ってもきかない。そのうち「私が選んであげる」ということで、DSを取り上げ、遊び始めた。それが面白くなったみたいで、自分もやると言い出す。幸い「生活リズム計」がもう一つ余っているので、それを使って自分に分身を作りはじめ、それに夢中になってしまったようだ。
 昨日は昼飯を二人で外で食べてから、別れ、私は神田の古本屋街を歩き、その後大学時代友人と会ったため、それ以後かみさんは家で一人きり。それをいいことにせっせとDSで、自分の分身の修正、それから私の分までやったという。
 11時過ぎに帰宅したとたん、DSの話になって、いかに苦労して修正したかを延々と話し始める。そして早くDSを見てよと言う。こっちは飲み慣れないお酒で少々へとへとになっているので、できれば後にして欲しいところなのだが、この人言い出したら止まらない。画面を立ち上げると、私とかみさんの分身がのこのこと現れる。ね、似てるでしょ?と言うが、こんなの似ていてもどうでもいいんだけど、話が長くなりそうなので、ハイハイそうですねと適当に相づちをうっておく。
 それより自分の分身を作っているうちに私より「歩いてわかる 生活リズム」の機能を知っている。ね、こんなのもあるよとその機能を教えてくれるが、わかったから明日にしてくれと、私はお願いする始末。
 最初に教えなきゃよかったなと少々後悔している。昨日友人にも歩くことはいいことだと言われるので、腰が良くなったらせっせと歩くことにする。私は遊びじゃないぞ!
 それはそうと、皆さん昨日はお疲れ様でした。いささか疲れたけど楽しかったです。またやりましょう!

2009年08月16日

お盆

 お盆休みも基本的に今日でおしまいであろう。私は例によってこの世間様が休んでいるときも、いつものように仕事に出る。もちろん休めるなら休みたいところだけど、ちょうど月半ばには毎月どうしてもやらなければならない仕事があるものだから、仕事に出る。それだけである。
 考えてみれば、今まで人様が休みとしている時期に、結構仕事に出ている。このお盆の時期もそうだし、年の暮れもそうだ。昔は本屋で働いていたときは日曜日も仕事の出ていたことがあった。もちろん代休はもらえるし、休んでいた時もあったけれど、最近は無理して休みを取ることも面倒になってしまっていて、いつの間にか忘れて、そのままいつものように仕事をしている。別にワーキングフリークになっているわけじゃないけど、性格的に、その日の仕事はその日にするのが私の流儀で、前倒しで無理してやるのが嫌だからそうしているだけである。
 また世間が休みであっても、会社は継続的に動いているものだから、誰かがその間、動かしていないと、その後がうまく続かないのではないかと思う。それを買って出ているだけのことだ。
 昔はみんなが休んでいる時に何で自分だけ仕事をせにゃならんのだと思ったこともあったけれど、最近はこうした時期だからこそ楽しんでいるところがある。
 たとえば、朝の通勤時でも、電車はかなり空いていて、すぐ座れちゃったりする。あるいは普段この時間帯には見かけない行楽で家族がわいわいやっている姿を見かけるのも、ちょっとした変化で面白い。そんな中でもビシッとネクタイを締めたサラリーマンが疲れた顔をしているのを見ると、勝手に“お互い頑張ろうね”と思うのだ。
 みんなが休みなもんだから、仕事を中断する電話も鳴らない。飛び込みのセールスも来ない。いいことである。こういう時は集中してやらなければならない計算などするのが一番いい。細かい作業もいい。それに休みにわざわざ出てきているんだから、自由に自分のペースで仕事をするからねといった自己主張も心の中であるものだから、やりたいようにやる。(もっとも普段も好き勝手に仕事をしているんだけどね)
 ただ困るのは昼飯である。事務所があるこの界隈の会社はほとんどシャッターが閉まって休んでいるものだから、いつも買い出しに行くお弁当屋がそれにならって休んでいる。Hotto Mottoに足をのばし、行ってみると、作り置きの弁当しか置いていなくて、それがなくなればおしまいといった感じである。毎朝テイクアウトするドトールも休んでいるので、ヴェローチェで買う(ここのコーヒーはドトールより安いのだが、あまり旨いとはとは思わないのだが、コーヒーがないのも困るので、ここで買った)
 仕方がないので秋葉原の駅前に行って、立ち食いそばを昼飯にし、事務所で昼のテレビを見て、適当に仕事を始める。そうこうしているうちに三時になり、銀行の当座照合をする。六時を過ぎれば、お茶の水店の日計表がFAXで送られてくる。それらをすべて集計し、業務を終える。
 駅に出るまでの道にはほとんど人がいない。駅前もやはり人数が少ないような気がする。

 お盆の休みには娘と義理の妹が帰ってきているので、女二人増えるとかなり家はにぎやかだ。娘が結婚したのは三月だからもう五ヶ月経っていることになる。面白いもので、娘はどこか自分の実家に気を使っているのである。今まで自分がいた部屋に入るにしても、申し訳なさそうな感じで入っていくし、風呂もあれだけ長湯で、ジャージャーお湯を流しっぱなしだったのが、さっと上がってくる。ゆっくりくつろげばいいと親の側は思っているのだけれど、どこか他人様の家でも泊めてもらうよそよそしさが漂う。もちろん勝手知った我が家である。何がどこにあるかわかっているから、自分が欲しいものは好きに出して使って入るのだけれど、それでも今までとは違う。
 一緒に昼飯を食べに行くときも、我々の分も自分で会計をしようとする。いいよと言えばすみませんねと言う。夕食の買い出しをすれば、金額を見て、うちは貧乏なのにエンゲル係数が高と一言言うし、変わったと言えば確かに変わったけれど、その分逆に寂しい感じがするのである。
 やつにしてみれば、もう自分の家はここではなく、いま旦那と住んでいる家であって、いくらここが自分の実家であっても、もうここを出て行った家だからという意識がどこかにあるのかもしれない。そんなことを思うと、楽しく新婚生活をやってはいるようだけど、いままで親任せに自由にやっていたときとは違うわけだから、それなりの苦労もしているんだなとも思う。仕方がないこととは言え、やはり親としてかわいそうだなと思うし、だからこそ実家に帰ってきたときぐらいのんびり、今までのように過ごせばいいのにと思うのだけれど、なかなかそうはいかないようだ。

 そんな娘も、義理の妹も昨日帰っていった。またもとの生活に戻る。しかし昨日までいた人がいなくなり、笑い声が聞こえなくなると、寂しい感じがする。それが案外堪えるもんだから、風呂上がり夕涼みがてらちょっと出て、コンビニでビールを一缶買ってきて、かみさんと二人で分けて、夕食時飲む。今まで当たり前のようにいた人間が離れていき、残ったのが我々なんだなと、その寂しさを感じながら、私のお盆は過ぎた。
 
 今まで心配ばかりさせやがって、と腹ただしく思っていたときも何度かあったけど、そういう心配を身近でできるということは、幸せなことなんだと思った。これが離れて暮らしていると、身近に感じられない分、ただ不安だけが残るのだ。当の本人は当たり前とのことして行動していても、親からすれば、おや?と感じただけで、それだけで心配や不安になることを身をもって知らされる。
 今まだ息子が家にいるが、これも独立して歩き出せば、これからどうなっちゃうのだろうかと思ったお盆でもあった。

2009年08月14日

思うままに その17

 司馬遼太郎さんの随筆に次のような文章があった。

 日本人がもつ、どうにもならぬ特性のひとつは時流に対する過敏さということであるらしい。過敏なだけではない。それが時流だと感ずるや、なにが正義か、なにが美かなどの思考はすべて停止し、ひとのゆく方向にむかってなりふりかまわずに駆けだしてしまう。この軽薄な、というより軽薄へのすさまじいエネルギーが日本の歴史をつくり、こんにちをうごかしていると考えられなくはない。

 日本人のおもしろさはここであろう。このために日本歴史はいかなる変革期にも片づきが早かった。敵方のひとりひとりをローラーにかけすりつぶしてゆかねばならぬような手間ひまはまず要らなかった。この特性のおかげで日本人は早くから統一社会を構成することができたし、社会がこわれればすぐ建てなおすことができ、文化や文明をつくるエネルギーも社会から出してきた。こうおもえば軽薄も偉大な美質ということになる。日本人が明治以後文明世界のなかに入って一つ社会を組みあげてきた能力の原質の一つはこのあたりにあるのであろう。

 確かにそうかもしれないと思う。とにかく日本人はある一定の方向が時流であり、それがトレンドとなると、猫も杓子もその方向に流れる。そうしないと時代遅れになるからだ。そういう思考や行動がまとまって、歴史の流れとなると、司馬さんの言うとおりのこととなるのだろう。
 しかし今回はちょっと違った。何を言いたいかと言うと、元アイドルの覚醒剤事件である。ここでタレント名を書くのもばかばかしいので、このように書くが、事件としてその報道に接する世間の反応が一時どう対応していいのか迷っているところがあって面白い。 
 この元アイドルのバカな夫が覚醒剤所持で捕まる。そのことを知った元アイドルは愛想尽かして、そのまま逃避行に走る。最初はその逃避行が、あたかも自殺する場所を探しているかのような報道がなされ、所属事務所の社長さんも「最悪の事態を避けたい」と言って警察に捜索願を出す始末。そんな報道がなされるものだから、それを聞いた世間は「何とか無事に見つかって欲しい」と思うようになる。関心のあるおばちゃんたちは特にそのようだ。
 ところがこの元アイドルも覚醒剤を夫と共にやっていたことがわかり、逮捕状が出る。この逃避行が実は解毒逃亡と変わったわけだ。そうなると、世間はまず驚き、言葉をなくす。せっかく心配したのに、裏切られたと言うところなのだろう。こうなると世間の風は冷たい。冗談じゃない、何が元アイドルだ。清純派で売っていた姿は虚像だったと、私から言わせれば、こんなことがなければわからないかということを知らされるわけだ。
 マスコミもこの元アイドルが覚醒剤をやっていた証拠でもあるような、最近の映像を流し、この時も覚醒剤をやっていたんじゃないかという始末だ。例によって節操もあったもんじゃない
 「あぶり」という言葉が流行始め、ちょっとハイテンションの人間を見ると、「あぶり」をやっているんじゃないのという冗談まででる。

 日本人の恐ろしさは、みんなが同じ流れに流れるというところにあるような気がする。そしてたちが悪いのはその流れに反する人間を異端の目で見ることである。だからその流れが「おかしい」と感じても、つまはじきにされないために、たとえそう思っていても、その流れに乗ってしまうのである。村八分はつらいからね。
 しかしその流れが流れているときはわからないけれど、後で歴史として俯瞰したとき、間違っていた場合だってあるはずだ。その時は簡単に修正できない。時流に乗った人は、世間を動かしやすいかもしれないが(だってみんなそう思っているんだからね)、それがいつも正しい方向であったかどうかは、本来その時はわからないはずだ。それは正しいはずだという仮定で動いているだけだということを知るべきである。
 だから簡単にその時流に乗っていいのかどうか、ちょっと立ち止まって考える姿勢が必要であろう。だけど人間は過去には賢くなれるけれど、明日には愚鈍なので、この点はなかなか難しいことなのだけれど・・・。

2009年08月07日

大丈夫ですよ

 今日一日頑張れば、明日から休みになる。今週ほど休みが待ち遠しいのはなかった。もちろん腰が痛いためである。ゆっくり横になって休みたいと思っているのだ。今週三日間は腰にコルセットをして何とかしのいできた。火曜日に我慢できずに整形外科に行って、注射を腰に打ってもらい、鎮静剤をもらってからは、いくらか楽になってきている。でも、やっぱり安静が一番いいはずだ。だから休みが待ち遠しい。それにここのところ蒸し暑さで身体のほうもまいっているのが自分でもわかる。疲れもかなりあるのだ。

 昨日いつものように月一回病院へ行って薬をもらいに行く。それと大腸の内視鏡検査をお願いしようと思っていたので、先生にそれを言うと、「そんなに神経質になることもないでしょう。去年やっていて、確かにポリープはあるけれど、心配する必要はないと思いますよ。だから今回やらなくても大丈夫ですよ」と言われる。正直そんな言葉が返ってくるとは思わなかったので、私はきょとんとしてしまった。
 もちろんいくらここでやってくれる内視鏡検査が楽だといっても、やらず済むならやりたくない。だから先生の言葉は有り難いのだが、それでいいんだろうかと不安もある。
 とにかく今まで体質的に胃や腸にポリープできやすいから、きちんと毎年検査をした方がいいと言われ続けているのである。そのことを先生に言うと、私の場合、確かにそうかもしれないけど、大腸にある今あるポリープはほんの小さなものだし、検査でも問題なかった。そのポリープが大きくなるには数年かかるはずだから、大きくなったとき切ればいいし、胃の方にもポリープはあるにしても、ピロリ菌がいないのだから問題ないというのである。だから一年くらい検査を飛ばしても大丈夫だと言うのである。それにこうして毎月来て、胃や腸の状態を聞いているんだから、問題があればその時対応すればいいと言ってくれる。
 ここの先生は内視鏡専門医なので、胃や腸の症例をそれこそそこらの先生よりも見てきておられるから、おそらくその言葉を信用していいのだろう。
 いやむしろ大いに信用したくなった。先生側からすれば、検査をした方が経営的にいいに決まっているはずだ。まして患者の側から検査をお願いしているのだ。普通、じゃあやりますかとなっても不思議じゃない。それを去年と今年に検査を受けているし、その結果から見ても、いらない検査をする必要がないと言われるのだから、これは大いに信用していいと思ったのだ。

 ということで、なんだかうれしくなり、多少気分が良くなる。そういえば朝、社長に会ったとき、第一声が「腰のほうはどうだ?」と心配してくれる。私に症状を聞き、整形外科の診察結果を言うと、「結局歳もあるんだよ」と言う。確かにそうかもしれない。ところが次に社長が言った言葉が意外だった。

 「もう、無理して毎日出社する必要はないよ。体調が悪いときは休めばいい。ただ木曜日は来てもらわなきゃならんけど・・・・」

 この人ときに“おや?”と思うことを言う。結構うるさいし、自分勝手なところはあるのだけど、優しい言葉は忘れない人なのだ。そういう一面があるから、この人と付き合ってきたのだ。そんな一面にダマされて長いこと付き合ってきたのだ。気持ちがほろりとする一方で、やばいやばいと思いつつ、三時のコーヒーを入れ、社長と飲む。
 
 今日はレセプトを提出して、お茶の水店の小口現金の精算をし、昨日できなかった事務所の掃除をしてと、一日のスケジュール考える。頑張ろう!

2009年08月05日

毎度のぎっくり腰

 もう本屋を廃業して4年以上経つのに、本屋でやったぎっくり腰に相変わらず悩まされている。当時はぎっくり腰は本屋で仕事をしている以上しかたがないと思っていたし、ちょっとした勲章みたいなところがあって、痛む腰を押さえながら仕事をしていたけれど、さすがこの歳になって痛み出すと結構つらい。
 先週から腰に鈍い痛みがあって、これはやばいなとは思っていた。だからかなり注意はしていたが、一昨日から激痛が腰から背中に走る。それも今までのようにある程度我慢できるもんじゃなかった。おいおいどうしたんだ?と思うのだが、とにかく立ち上がるのも、起き上がるのも、何かにつかまっていないとどうしようもない状態であった。歩くのにも大変で、とにかくゆっくりとしか歩けない。
 最初はいつものように見本でもらったハップ剤を腰に貼っていた。そうすればいつの間にか痛みがやわらぎ、痛みもおさまっていたからである。ところが今回は一向に痛みがやわらがない。しかたがないのでかみさんが整形外科でもらっていたロキソニンを飲んだのだけれど、一向に効かない。まいったなあと痛みを押して事務所に向かうが、ここでも立ったり座ったりするので、そのたびにデスクの横にある棚につかまって立ち上がり、痛みをこらえる。しかしどうにも我慢ができない。しかたがないので、早退し、かみさんが行っている整形外科に行く。また私の財布に診察券が増えることになった。(まったく歳をとると診察券ばかり増えて仕方がない)
 名前が呼ばれ、待合室の椅子から立ち上がるのが一苦労である。診察室に入り、「いつも妻と義母がお世話になっております」と先生に言うが、それも痛みをこらえて言っているものだから、何を言っているのかはっきりしない。先生も「つらそうですね」と声をかけてくれ、とりあえずレントゲンを撮り、骨には異常がなく、筋肉が炎症を起こしているんだろうと言われる。要するにぎっくり腰だ。で、治療は注射を打てばかなり楽になると言われる。

 注射?

 どこに打つんだ?

 どうやら患部打つらしい

 えっ、腰に注射を打つのか・・・

 実を言うと私は昔から注射が大嫌いなのだ。(どこに好きなヤツがいるんだと言われそうだけれど)少々ためらうのだが、とにかく痛みから少しでも解放してくれるなら仕方がない。二発、いや二本腰に注射を打たれる。
 そして湿布薬と鎮静剤を処方せんに書いてくれるのだが、湿布剤は見本でもらったやつで、鎮静剤はロキソニンと言うのだが、私はそれは貼っていたり飲んでいるけれどもあまり効かないんですと言うと、じゃあもう少しきついヤツを出しますかと言われ、違うハップ剤と鎮静剤、それに胃薬を処方せんに書いてくれる。
 コルセットも処方しましょうかと言われ、コルセットも処方せんに書けるの?、と思ったが、確か昔問屋の担当者からもらった見本があったはずだと思い、それはいいですと断る。
 整形外科を出て、同じビルの一階にある調剤薬局による。最初、明日でも大野さんのところで薬を出してもらおうと思ったのだけれど、今まで見本のハップ剤やかみさんの飲み残しの薬で誤魔化してきて、どうにもならなかったんだし、ここで薬代を安くあげようとせこいことをしても治るものも治るまいと思い、ここで薬をもらう。それにハップ剤だから大した額にはなるまい。(毎週木曜日に処方せん入力の手伝いをしているのでわかるのだ)
 それにしても今日はカバンが重いなぁ。考えてみたら分厚い単行本が入っていたんだ。何もこんな時にこんな本を読まなくてもいいのにと我ながら呆れる。手には傘と薬の入った袋を抱え、ヒイヒイ言いながら家に帰る。