2009年08月14日

思うままに その17

 司馬遼太郎さんの随筆に次のような文章があった。

 日本人がもつ、どうにもならぬ特性のひとつは時流に対する過敏さということであるらしい。過敏なだけではない。それが時流だと感ずるや、なにが正義か、なにが美かなどの思考はすべて停止し、ひとのゆく方向にむかってなりふりかまわずに駆けだしてしまう。この軽薄な、というより軽薄へのすさまじいエネルギーが日本の歴史をつくり、こんにちをうごかしていると考えられなくはない。

 日本人のおもしろさはここであろう。このために日本歴史はいかなる変革期にも片づきが早かった。敵方のひとりひとりをローラーにかけすりつぶしてゆかねばならぬような手間ひまはまず要らなかった。この特性のおかげで日本人は早くから統一社会を構成することができたし、社会がこわれればすぐ建てなおすことができ、文化や文明をつくるエネルギーも社会から出してきた。こうおもえば軽薄も偉大な美質ということになる。日本人が明治以後文明世界のなかに入って一つ社会を組みあげてきた能力の原質の一つはこのあたりにあるのであろう。

 確かにそうかもしれないと思う。とにかく日本人はある一定の方向が時流であり、それがトレンドとなると、猫も杓子もその方向に流れる。そうしないと時代遅れになるからだ。そういう思考や行動がまとまって、歴史の流れとなると、司馬さんの言うとおりのこととなるのだろう。
 しかし今回はちょっと違った。何を言いたいかと言うと、元アイドルの覚醒剤事件である。ここでタレント名を書くのもばかばかしいので、このように書くが、事件としてその報道に接する世間の反応が一時どう対応していいのか迷っているところがあって面白い。 
 この元アイドルのバカな夫が覚醒剤所持で捕まる。そのことを知った元アイドルは愛想尽かして、そのまま逃避行に走る。最初はその逃避行が、あたかも自殺する場所を探しているかのような報道がなされ、所属事務所の社長さんも「最悪の事態を避けたい」と言って警察に捜索願を出す始末。そんな報道がなされるものだから、それを聞いた世間は「何とか無事に見つかって欲しい」と思うようになる。関心のあるおばちゃんたちは特にそのようだ。
 ところがこの元アイドルも覚醒剤を夫と共にやっていたことがわかり、逮捕状が出る。この逃避行が実は解毒逃亡と変わったわけだ。そうなると、世間はまず驚き、言葉をなくす。せっかく心配したのに、裏切られたと言うところなのだろう。こうなると世間の風は冷たい。冗談じゃない、何が元アイドルだ。清純派で売っていた姿は虚像だったと、私から言わせれば、こんなことがなければわからないかということを知らされるわけだ。
 マスコミもこの元アイドルが覚醒剤をやっていた証拠でもあるような、最近の映像を流し、この時も覚醒剤をやっていたんじゃないかという始末だ。例によって節操もあったもんじゃない
 「あぶり」という言葉が流行始め、ちょっとハイテンションの人間を見ると、「あぶり」をやっているんじゃないのという冗談まででる。

 日本人の恐ろしさは、みんなが同じ流れに流れるというところにあるような気がする。そしてたちが悪いのはその流れに反する人間を異端の目で見ることである。だからその流れが「おかしい」と感じても、つまはじきにされないために、たとえそう思っていても、その流れに乗ってしまうのである。村八分はつらいからね。
 しかしその流れが流れているときはわからないけれど、後で歴史として俯瞰したとき、間違っていた場合だってあるはずだ。その時は簡単に修正できない。時流に乗った人は、世間を動かしやすいかもしれないが(だってみんなそう思っているんだからね)、それがいつも正しい方向であったかどうかは、本来その時はわからないはずだ。それは正しいはずだという仮定で動いているだけだということを知るべきである。
 だから簡単にその時流に乗っていいのかどうか、ちょっと立ち止まって考える姿勢が必要であろう。だけど人間は過去には賢くなれるけれど、明日には愚鈍なので、この点はなかなか難しいことなのだけれど・・・。

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