2009年09月13日

嫌な予感の土曜日

 土曜で休みなのだけれど、私は曜日に関係なく、いつものように朝早く起きる。起きてパソコンに電源を入れ、牛乳たっぷりのコーヒーを作り、ブログにアップする文章を書き始める。だいたい“こんな感じで書きたいな”と考えていたので、あとは気の向くまま書き始める。ところがどうも書いているうちに最初のイメージとどんどんかけ離れていく。おかしい!
 細かいところを修正していけばいくほど、おかしくなっていく。たまにこういうことが起こる。その時は何をやってもうまくいかない。完全にボツにするか、諦めてアップするかどちらかなのだけれど、2時間かけて書いたものだから不承ながら、アップした。
 今日はたぶん何をやってもうまくいかない一日になりそうな予感がしてきた。腰もまた痛み出している。今回はやけに痛みが長く続く。仕方がないので今日整形外科へ行くしかないかなと思い、それまで少々横になる。
 先生も痛みが長いことに不思議がっていたが、どこかきっと無理をしているはずだという。そういわれても思い当たることはないのだが、気がつかないところでどこか無理をしているのか。毎日同じことの繰り返しなのだけれど、昔と同じペースでは今の私にはどこか無理があるのだろうか。よくわからない。ここでも年齢の問題が頭の中でむくむくと持ち上がってくるけれど、いや違う。それだけじゃないと否定したい気持ちでいっぱいだ。
 この前地下鉄東西線でバカな保安員が衝突事故を起こしたお陰で、東西線の利用者が都営新宿線に流れ込んできた。当然電車は混み合うのだが、いつものように駅前になると電車が減速して、車内が大きく揺れる。その時混み合っているものだから乗客も大きく揺れる。つり革につかまって私の身体はのけぞるようになる。まただ。腰に痛みが走る。やれやれこれで二度目だ。たぶんそれだ。きっとそれだ。それが腰に痛みが長く続く理由だ。せっかくよくなりつつあったのに。バカ野郎!
 また注射を打ってもらい、10分間腰のけん引やる。湿布薬が処方せんで出たので、かみさんが下にある薬局へ行こうとする。私はあそこは嫌だと拒否する。まだ何枚か湿布薬はあったろう。だから休み明けに大野さんのところでもらう、と言う。
 どうして嫌なのか。そこの薬剤師、私が一番最初に、腰が一番痛くて、歩くのもやっとの時、仕方なしにそこで痛み止めと湿布薬をもらおうと行ったのだ。そして名前を呼ぶ。林○○さんって。下の名前は私の名前なのだが、名字が違う。結局私を呼んでいたのだが、読み間違えならよくあることなので、私はその時は察して自分が呼ばれていることがわかる。が、どうして林なんだ!私も自分が呼ばれているんじゃないと思っていたから、立ち上がらなかったし、他に林という名字の患者もいなかったようで、誰も投薬カウンター行かない。その薬剤師は何度も林さん、林さん、林○○さん!と連呼する。そしてやっと自分の間違いに気がつき、私の名前を呼び直す。私がカウンターへ行くと、へらへら笑いながら、疲れているのかな?間違えました、と謝るが、ちっとも悪いと思っていない感じだった。それが非常に不愉快であった。こっちは立ち上がるのもやっとなのに・・・。誰だって仕事は大変で、疲れもする。そんなことを言い訳にするなと文句を言う元気があれば言いたいなのだが、その日は我慢して、薬をもらい、会計を済ます。以来ここでは絶対に処方せんは持っていかないと心に誓ったのである。

 さて、その後かみさんと食事をし、買い物をして帰ってくる。途中いつものようにブックオフにも寄ってみる。いつものようにザッと棚を眺め、気になる棚も見てみる。どんな棚かといえば、分類が難しい本がたくさん集まっている棚である。そこに本や出版関係の本があるのである。もちろんあればの話なのだが。一冊の本が目にとまる。古本屋さんの奥さんが書いた本だ。
 今ちょうど海外の古本のエッセイを読んでいるのだが、いまいち面白くない。これから面白くなるのかもしれないが、この休みに読み続けるには今の気分ではきつい。こっちの方が読みやすそうだし、面白そうな感じがしたので、買い求める。家に帰ると、さっそくこの本を持って、横になりながら読み始めた。うん、これがいい。この休みはこれで行こう!
 腹がきつい。コルセットつけたまま横になっていた。このコルセットしていると確かに楽なんだけれど、ただでさえお腹が張るので、今の私にはきついところがある。痛し痒しである。以後横になりながらこの本を読み、ニュースの時間になれればテレビをつけ、残りの一日をうっちゃた。

2009年09月05日

まずいよなあ

 先日の地震で本に埋もれて死んじゃった人がいたが、実は私もこのままじゃまずいなという状態に、今、自分の本棚がなっている。


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 まさか本に埋もれて死ぬことはないだろうけど、階段に本が落ちてきて、降りることができなくなる可能性がある。特にここのところ買ってきた本や読んだ本をきちんと棚に収めないで、空いているスペースに横に置いたまま積み上げているので、ちょっと大きな地震があれば間違いなく落ちてくるだろう。
 うちの本棚は大容量なのだが収納、取り出しが面倒なのだ。だからそのままになってしまう。まずいとは思っているのだが、ついつい面倒で後でまとめてやろうと思いつつ、今日まで来てしまった。しかもここのところ腰を痛めて動くのもままならない日もあったので余計である。しかも蔵書目録の作成をやろうと思い、バーコードリーダーまで買ってやり始めたのだけれど、これも中途半端な状態になっている。というのもせっかく整理してデータをパソコンに入力しても、新たな本を次から次へと買うものだから、棚の位置が変わってしまう。必然的に蔵書目録が意味をなさなくなってしまう。「まずいよなぁ、これは・・・」、と思いつつそのままになっているのだ。基本的に私はこうした整理整頓が苦手なのだ。そして自分の本のデータ整理をする時間があるなら、1ページでも本を読んだ方がいいと最近は思っている。
 もちろん最初は蔵書目録を作ることはいいアイデアだと思ったのだ。ここにきちんとデータがあれば、よくやる同じ本を買うバカな思いをしなくて済む。そしてまだ読んでいない本の内容もネットからバーコードを読み込んだ時点で自動的に入るので、それを参考にすることもできる。そんなメリットばかり考えて始めたものの、こういうのって、データ入力の手間は一切考えていない。そのことを忘れている。しかもできるだけ入力の手間を省くためにバーコードリーダーまで買ったものの、結局細かい修正をしなければならない。個人でデータベースを持つというのは、あまりあり得ないし、仕事じゃあるまいし、そんなに凝る必要もないんだなあと思っている。
 どうも私はアイデアばかり先行するところがあって、その過程を飛ばしてしまうところがある。あんまり余計なことは考えない方がいいようだ。
 同様にいいわけをしようと思う。私のブログで「どんなことがあっても、本が好き」で番外篇を作ったのだけれど、これの更新が滞っている。これもアイデアばかり先行して始めたのはいいのだけれど、基本的に無理があった。ここに取り上げたいことは今でもいくつかあるのだけれど、これをやるととんでもない時間を必要とする。やらなきゃと思いつつも、準備するのが面倒になり、止めてしまっている。今正直なところわざわざもう一つブログを立ててやる必要性などなかったかなと思っている。
 で、近いうちにこのブログは閉鎖しようかと考えている。そこにアップしてあるものは、いずれ本編に組み入れる予定でいます。(別にこのブログは気にされている方がいらっしゃるとも思えないし・・・)

 いい加減いい歳を取っているんだから、もう少し熟慮というものがあってもいいものの、なかなかそうなれない部分が私にはある。それは何においてもそうだ。これではますます先が思いやられる。もうちょっと落ち着きというものが必要だなと感じ、深く反省する今日この頃である。
 土日が休みだから、腰の方もかなりよくなってきているし、本棚の整理をしようかと考えている。

2009年09月03日

久々に歯のこと

 書泉ブックタワーの大きな看板がかっこよくなっているのに気がついた。何かスターウォーズみたいで、お金がかかっている感じがする。でもよかった。実はかなり心配していた。いつまでも文字の欠けた看板が汚らしくなっていたので、おいおい看板も直せないほど厳しいのかと思ったのだ。入り口の照明も暗いままだし、ビル全体がくすんでいて、あのオープン当時の華やかさがない。しかも明らかに在庫調整をしているのがありありで、本が以前より少なくなっている。その上店員も知らない顔の人が多くて、いかにも素人ぽい。
 今でも今泉さんにオープン時「いいお店ができましたね」と言ったことを覚えているけれど、私は自分が地元の書店員で競合店に反対していた立場とは別に、本好きの人間として、この秋葉原に大型書店ができることは、個人的には歓迎していたのである。
 結局私たちのお店は資本力にはかなわないし、今まで殿様商売をしてきたつけが回ってきて、必然的に撤退するしかなくなってしまったのだけれど、そういう意味では書泉さんは私たちに引導を渡す役目をした。だからつぶれちゃうのは困るのである。ブックファーストが早々に撤退したことは何とも思っていないが、書泉さんが撤退するのは、個人的に自分たちのかつてあったアイデンティテーが完全になくなってしまうから、何としても存在して欲しかったのである。だから壊れた看板がそのままであったり、照明の電球が切れたままになっているのを心配したのであった。でも新しい看板を見て、ああ、大丈夫なんだなと思い、一安心である。後はもう少し在庫を置いて欲しいなと思う。

 さて、人のお店の心配より自分ことである。前歯の差し歯ついにぐらぐらしてきたのである。この差し歯は平成15年か16年頃に入れてもらった。当時最初にかかった歯医者さんで差し歯を入れるのに30万近くかかると言われ、驚き、どうしたものか悩んでいた。そしてここだけで話を決めるのも早計かと思い、セカンドオピニオンとしてこの歯医者さんに相談に言った。そしていろいろ相談した結果、この歯医者さんで差し歯を入れてもらったのである。10万円だった。
 値段もそうだけど、とにかく昔から歯医者不信だった私に、懇切丁寧に私の歯の状態を説明してくれ、今後どのような治療を施せばいいか、私の意向も聞いた上で、差し歯も含め全体の治療方法も決めていった。私は自分の歯の質が親からの遺伝であまりいいものでないこと、不摂生でかなりひどい状態になっていることを知っていた。痛みも時々あったのだが、市販の痛み止めの薬を飲んでごまかしてきた。とにかく歯医者が大嫌いであった。
 さしあたって前歯の差し歯を入れないと見栄えが悪いので、そこから治療には入り、以後悪いところ全部治しましょうということになった。先生と話して決めたことは、とにかく生きている間自分の歯が少しでも残っている状態にすること。そのためには治療もしなければならないが、日々のケアも怠らないこと。一年に一回は定期検診に来ることを約束させられる。
 どんな治療をするにしても、またその後どうなるかなど、細かい説明をしてくれる。だから実際の治療時間より、先生と話している時間の方が長かった。予約の時間に行っても、前の患者さんに時間がかかって(たぶん私同様話の時間が長くてそうなっているのだろう)、予約時間にやってくれる方が珍しく、いつも30分ぐらい後になった。
 たぶんこういうことは当たり前のことなんだろうけど、どういうわけかそれまで私が通院した歯医者さんはそうではなかった。悪いところを聞いて、あるいは見つけてがんがん治療を始めるところが多かった。もちろん痛みもかなり伴う。そんな歯医者さんばかりであった。だからこの先生は私にとって唯一信頼のおける先生であったのだ。私は従順な子羊のように、きちんと通院し、自分でも日々のケアをしていった。
 ところがその先生からはがきが届く。廃業するというのだ。正直これには困った。けれど私にはこの歯医者さんしか頼れないし、新たに歯医者さんを探すのにはどうしたらいいのかわからなかった。結局私は以後そのままの状態で過ごすことになる。ただ日々のケアはきちんとしてきた。だから今日まで歯痛で悩むことはなかった。またつけてくれた差し歯もはずれることもなく、今日までもった。それだけしっかりした技術で先生はつけてくれた結果だろうと思う。それまでポロポロとれていたことを思えば、すごいことだと思うのだ。
 けれど償却期間が過ぎたのだろう。差し歯がぐらつき始めた。こればかりは日々のケアではどうにもならない。下手をすれば、もう一度差し歯に入れ直しということだって考えられる。当然高額な治療費がかかる可能性がある。
 とにかく至急に歯医者を探すしかない。しかし何を頼りにして探せばいいのか、皆目見当がつかない。ネットでの口コミ頼りに自宅の近所の歯医者さんを探すが、この口コミだってなんかあまりあてにできない感じだ。ほとほと困っていた。
 ところがあれこれネットで検索をしていたら、以前お世話になった先生の名前を見つけたのである。さっそく先生のいる歯医者さんにメールを出すと、先生は去年の5月にそこを退職し、現在虎ノ門あたりで開業しているらしいという返事が、他の先生から頂いた。こうなったらとことん探してやろうと思い、さらに虎ノ門と先生の名前を入れて検索すると、ヒットする。そしてそのサイトに行けば先生の顔がある。やっと見つけたのだ。さっそくメールを出してみる。メールを出した後、何か追いかけみたいな感じがして、迷惑だったかなと思ったのだが、先生からメールがすぐ来る。私のことを覚えていること。喜んで治療しますと言ってくれている。よかった。会社の事務所から新橋ならそう遠くない。とにかく歯のぐらつきが気になるので、早い方がいい。すぐ予約を入れた。
 行ってみると、西新橋の小綺麗なビルに先生の歯医者がある。受付を済まし、診察台に横になると、先生がお見えになる。懐かしい。そして来てよかったと自分でも安心する。少し昔話をし、すぐ差し歯の治療に入ってくれる。何とかそのまま使えそうだと言ってくれ、また以前のように取り付けてくれる。ただ、やっぱり土台になっている歯の状態が以前と変わっているので、次にとれたときは多分新しい差し歯を考えなければならないことを言われる。だからといってこの差し歯がすぐとれることはないと思う。とれるとすれば3年ぐらい後じゃないかなと言われるので、その時考えましょうと言ってくれる。
 そして私の歯全体のレントゲンを撮る。それを見て以前先生のところでお世話になった頃から考えれば、悪いところはそれほど見あたらないとも言ってくれる。ただ左上奥に薄い影がある。これは中でばい菌が繁殖しているのだろうという。ここの歯は、神経を取ってしまっているので今は痛みがないが、いずれかなりの痛みが出て来る可能性があるという。だから早急にやる必要はないけれど、やるならやっておいた方がいいと言われる。奥歯なのでかなり大がかりになるけれども、どうしますかと訊かれる。
 もう私は先生に再会したので、すべてを先生任せるつもりでいた。お願いすることにする。幸い慌てる必要がないので、ここに来られるときに来てもらい、少しずつやっていきましょうと言われる。
 これで通院するところがまた一つ増えてしまった。胃腸がおかしくなり、もうこれで何年も悩まされているし、その上先月はぎっくり腰が再発し、整形外科にも行っている。本当に我ながらお金のかかる身体である。いったい私が何をしたからこんなに困らなきゃならんのだと恨み言も言いたくなる。けれど現実はどうしようもない。一つ一つ解決するなり、対処するしかない。
 歳だということもあるだろう。人間歳をとると至るところがおかしくなる。機械の部品が消耗するのと同じである。だから老人の保険がお金がかかるのは今となればある程度理解できる。仕方がないのだ。私ももうすぐ53になるのだが、50年以上もこの身体を使ってくれば傷みもくる。ぼけるほど長生きをしたいとは思わないけれど、まだ死にたくない。もうちょっと生きたいと思う。だから医者に通う。身体のメンテナンスする。検診も受ける。歯にしても同様である。仕方がない。
 治療が終わり、事務所に帰ると、最初に出した歯医者さんに、以前お世話になった先生と連絡が取れ、そちらに伺うことにしましたというお詫びのメールを出す。
 昨日の朝、いつものように事務所に着いたら最初にするメール確認で、その先生から、「よかったですね」という返事があった。きっとここの先生もいい先生なのかもしれないなと思った。