2009年10月07日

漱石ともろもろ

 雰囲気として「明治」という時代を今味わっている。といっても、それは小説の世界の話なのだが・・・。漱石をまた読み始めたのだ。ちょっと前からまた漱石を読んでもいいかなと思い始めたのだ。
 私は毎年読んだ本をメモがわりにテキストファイルにしるしてて、それには行数がカウントされる。その行数を見れば、今年読んだ冊数が分かることになる。それを見ると90冊今日まで読んだことになっている。これは近頃の私にすれば結構ハイスピードで本を読んでいることになる。大体年間100冊ぐらい本が読めればいいかなと思っているので、今の時点で90冊ということは、今年は間違いなく100冊以上本を読むことになる。100冊というのはあくまでも目安であって、それだけ読めればいいなというところなのだが、別にそれにこだわっているわけでもない。要するにそれだけ読めば一冊ぐらいはいい本にぶち当たるんじゃないかというくらい気持なのだ。
 ということで、今年は目標冊数に届くだろうから、これからはじっくりと本を読んでもいいかと思い、漱石を取り出した。実は私は岩波書店の漱石全集を持っている。最初これを取りだしたのだが、持ち運びをするには大きいし、重い。確かに字は大きくて読みやすいのだが、これじゃ持ち歩いて、電車の中で読めない。で、不揃いの新書版の全集も持っているので、それを読もうかと思い、本棚の上にあるものを取り出してきた。確かに持ち運びは楽であるが、今度は字が細かすぎるのである。これじゃ読むのにかなり疲れそうだ。
 とにかく最近は本を読む前に気にかかることが字の大きさなのである。古い本を引っ張り出して読むのはいいのだけれど、読んでいるうちに目が疲れてくるのである。字の細かすぎるのだ。それでなくても歳をとって落ち着いたらゆっくりと読みたいと思いため込んできた本がたくさんある。視力が落ちることまで考えていなかった。
 仕方がないので、新潮文庫で漱石の作品を買うことにした。今それを読んでいる。まずは前期三部作と呼ばれる『三四郎』『それから』『門』から始めている。今は『それから』を読んでいるのだけれど、読んでいて明治の知的階級の雰囲気を感じている。この雰囲気が明治という時代の一部を代表しているのだろうけど、なかなかいいものだ。なんていうのかな。明治以前にあったライフスタイルと明治から本格的に輸入されたヨーロッパ的ライフスタイルが混ざって、しかも人の意識もそれ以前は閉鎖的であったものが解放されつつあり、今までは秘するところがオープンになり、少しずつではあるけど人の気持ちのあり方が語られる。けれどやっぱりそれまであった時間の方が長いから、あからさまにオープンに出来ず、恥ずかしいという気持が混在している。言ってみれば日本人の奥ゆかさみたいなものが、なかなかヨーロッパ的になれないところが感じられる。特に暇な知的階級はそういう気持のギャップに悩んでいるような感じだ。
 それが何となく感じられ、いいなぁと思って読んでいる。が、電車の中でそんな余韻に浸っていると、横でカチャカチャ、カチャカチャと音がする。大きな音ではないけれど気になる。何かと思って横を見ると、馬鹿なサラリーマンが朝からPSPでゲームをやっているのだ。夢中になって指を動かしている。若い奴かと思えばそれほどでもない。気になるものだからにらみつけてやったら、その時は指の動きを緩めるのだが、すぐ夢中になってしまうようで、またカチャカチャ、カチャカチャと始める。まったくどうしようもない。朝からどうして電車の中でゲームを必死になってやらなければならないのか、よく分からん。
 私もゲームは嫌いじゃないから、やりたい気持は分からんわけでもないが、朝からそんなに目くじら立ててやるもんか?こういう奴に限って、アイロンのかかっていないワイシャツに、趣味が悪く、ラーメンのスープでもついたのか、シミのある汚いネクタイをだらりと締めている。ズボンも皺だらけで、またそこにあるベルトが野球のユニフォームでするようなベルトで、どう見てもおかしい。さらにくたびれた大きなショルダーバッグがゲームに夢中になっているものだから、それが邪魔になっていることさえ気がつかないのだ。まったく困ったもんだ。
 そうかといえば、先日やはり電車の中で、いいなぁと思った光景を目にした。たまたま座れれ、向かいに二人の若い女性が話しながら座っていた。そのうち一人が降りて、残された女性が小さな紙の手提げから本を取りだして読み始めた。結構厚めの本だったが、そこにかかっていたカバーが、書店名や柄など一切ないから、なんかの包装紙なのだろう。ちょっと本より大きめのカバーだったから、はみ出て、いかにも自分でつけたような感じだった。それを開いて読み始めたのである。最近はそうした場合、すぐ携帯を取り出して見るのが多いが、この人は本をすぐ取りだして読み始めたのである。ただそれだけなのだが、私にはちょっと絵になるように思えたのであった。しかもものすごく自然に見えたから余計である。本を読む若い女性の姿っていいと思いません?それでなくても私は人が何の本を読んでいるのか気になるたちなので、「もしも~し、何の本読んでるんですか?」と聞きたくなる。。

 さて、馬鹿なことを言っている場合じゃない。大きな台風が来ている。明日東京に近づくという。やれやれ、明日歯医者なんだけどなぁ。台風が来ているからキャンセルしますっていいのかなぁ。まいったな~。

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