2010年01月27日

思うままに その21

 こうして読んだ本のことをブログで書くようになってから、しばしば思うことがある。それは昔読んだ本を読み直したいなということである。読んだ本で未だに記憶に残っている本が何冊もあって、あれは面白かったなというやつを読み直したいと思うのだ。
 昔は日記など書いていて(処分した)、そこに簡単に読んだ本のことを書いていたが、ほとんどは読みっぱなしで、頼りになるのは自分の記憶だけである。まぁそれはそれで一向に構わないのだけれど、ただその記憶の中で面白かった、感動したなど、ちょっとした付加価値みたいなものが残っていると、それをこのブログでちゃんと残しておきたいという気持になっているのだ。
 もちろん当時読んで、面白かったからとか、感動したから、といって読み返せば同じ感覚になれるわけじゃないことぐらいわかっている。むしろ昔持った感じを大事にするなら、読み返さない方がいい場合だってあると思う。でも、そうなったらそうなったで、要はどういう形であれ、一時は私の記憶の中に残った本たちであるのだから、それをきちんと形に残してみたいのだ。
 そんな風に考えたのにはわけがある。たとえば昔文庫本で読んだ本があったとしよう。それが面白かった。そして時間を経て、たまたま古本屋さんで、その文庫本のオリジナルである単行本を見つけた。私はこの時それを買おうかどうか、いつも迷う。なぜなら私は単行本指向の人なのである。文庫本ももちろん嫌いじゃない。だけど文庫本はどうしても規格が決まっていて、更に装丁も出版社ごとで大方決まってしまっている。その点が寂しく感じるのである。本はその装丁も含めて本だと思っているのだ。だから単行本にこだわるのである。それはまったく個人的な趣味だから、どうしようもない。もちろんどうでもいい文庫なら、そんなことは気にならない。 だから気に入った文庫本にはできれば単行本が欲しいと思うのだ。それを古本屋で見つけてしまったとき、どうしても欲しくなる。 そんなことがここ何日か続いたものだから、悩んだ末、買った。そうなるとその本が読みたくなる。そう、昔読んで記憶にある本が読みたくなったのは、そうした理由による。
 だけれど、まだ読んでいい本を優先的に読んで、一方で懐かしい本も読んでみたいと思うと、時間がない。読める時間は限られているわけだから、その点がいつも悩む。みんなはどうしているんだろうか?
 新しい本の出会いも貴重だ。けれど懐かしさで読み返すのもいい。毎年変わらず本は読んでいる。しかし別に読書計画など立てているわけではなく、行き当たりばったりで読んでいる。今年だって同じである。が、今、昔読んだ本を読み返してみてもいいかなと思い、むしろそうした本を重点的に読んでみようかとも考えている。
 基本的には、とにかく今まで読んでいない本を読むことが、新しい何かを得られるような気がしているので、次から次へと読んでいない本を手にしているわけだ。でも本の読み方はそればっかりじゃないだろう。自分がよかったと思う本を読み返してみてもいいはずだ。今年はちょっと私が懐かしいと思う本を積極的に読んでみようかと考えている。今何から読み直してみようかな、と思案している。

 久しぶりにExcelで表を作り始めた。ホンと久しぶりである。あまりにも久しぶりだから、細かいことを忘れている。その昔、Excelを使い始めた頃、せっせとマニュアルを読んで、会社の業務で使う表を一つ一つ作っていた。私は前任者が手書きで作っていた表をExcelに移していた。一つ一つ電卓をたたいて、計算するのは面倒だったし、同じ数字をいくつもの表に記入するのが面倒だった。だから一つの数字を入れればすべての表に反映できるようにしていった。リンクさせたのである。そうして作っていった表に不具合があれば、どこが間違っていたのか、あるいはもっと効率よく、さらにかっこよくするために、関数やスクリプトをマニュアルを見ながら作っていった。あの頃は毎日Excelとにらめっこであったし、仕事中だけでなく、家に帰っても、休みでも、その表のことを考え、Excelを開いて、あれこれやっていた。確かに夢中になるとこれはこれで楽しかったけれど、結構苦労した。あの当時はパソコンの性能も悪く、何度もフリーズしたりして、せっかく作り上げた表をダメにしたりして、今では考えられない苦労をしたもんだ。
 で、作り上げた表をちょこちょこ手直しして、現在に至っている。新しい表はほとんど必要なかったので、一度フォーマットを作り上げれば、それをコピーして使い回してきた。あとは大したものは作っていなかったので、それ以来となる。
 だから関数やスクリプトの表示の仕方などほとんど忘れてしまっている。でも昔と違うところは、ネットがあるお陰で、Excel上でこうしたい、ああしたいということがあると簡単に検索できるので有り難い。マニュアルが必要ないのである。これじゃマニュアルを作っていた出版社が潰れるのも当たり前だ。
 とにかくここのところ新しい表のことでかかりっきりとなっている。暇があればネットで検索し、もっといいやり方はないのか探している。とりあえず大枠は出来上がった。後は細かいところをつめればいい。できた表を使いながら、直していこうと思う。

 粗大ゴミに話をする。会社にいるととにかくゴミが出る。厄介なのは、備品の廃棄である。今時パソコンなどない会社などあり得ないと思うが、この廃棄が厄介だ。リサイクルの問題がからんでくるからだ。最初は事務所や休憩室の隅に置いてあった壊れたパソコンなど、どんどんたまってくる。まとめて廃棄しようとするからだ。
 それでどこの業者に廃棄を頼めばいいのかまずそこで悩む。ここの事務所の郵便受けにはやたらチラシが入っている。そのほとんどが不用品回収業者のチラシである。今手元にも5枚ほどある。どれもみんな同じ感じだ。こうなるとどこでも構わないのだけれど、こればっかしは相場がわからない。私から言わせれば言い値じゃないかと思うところがある。だいたい見積無料と言ったって、それが高いからと言って断るのも大変だ。次の業者を手配しなければならないし、その度に業務を中断して立ち会わなければならない手間を考えれば、一発勝負とならざるを得ない。
 ということで、適当に業者を決める。支店の方に大量の不要品があったため、まずそちらに向かわせ、その後事務所にある不要品を引き取らせるつもりでいた。支払は私の方でする。
 見積は結構な値段を言われた。相手の言いなりになるのは嫌なのだ。とにかく私には相場がわからない。言い値じゃないかという思いがあるものだから、提示された金額に納得できない。だったら、事務所の不要品分タダにしろと迫る。もちろん業者は困った声を出す。

 「まぁいいや。電話じゃらちがあかないから、とりあえず荷物を積んじゃって。金額交渉はこっちに来てから、直に交渉しよう」

 と言う。10分後事務所に来た。業者のあんちゃんは最初から私に敵わないからと言い、最初の金額で事務所の不要品を引き取ると言う。これじゃ逆につまらない。言い合いをしないと物足りない。でも仕事のわりには弱々しいあんちゃんだったので、これ以上いじめてもかわいそうかと思い、それで手をうつ。
 適当に業者を決めたのだけれど、ちゃんと名刺を出すし、領主書もきちんと収入印紙を貼り、割り印の代わりに二本線を引いている。これだけでこの業者は信用していいかなと感じた。多分値段も良心的だったのだろう。

 昨年ブルーレイハードディスクの録画を始めて、これを結構重宝している。とにかくテレビの番組表から見たいものを録画しておき、時間があるときに見ている。その際コマーシャルなど吹っ飛ばして見られるものだから、時短ができていい。だから見たいテレビがあればその時見ないで後で見るということに、最近はなってしまっている。BSもどのテレビでも見られるようになったので、結構見ている。もともと長時間テレビを見ることが出来ない人であるが、地デジにしてから、よくテレビを見るようになった。お陰で本を読む時間が減ってしまっている。ただでさえ貴重な時間なのに困ったものである。

2010年01月10日

思うままに その20

 やばいぞ、体重が2キロ増えてしまった。

 私は7日が仕事始めだったのだが、その前夜、例によってお腹がかなり張ってしまい、寝られなかった。遂にお腹の方が怒り出したのだ。
 昨年胃腸科の先生から、お正月はあまり食べ過ぎないようにと注意されていたのだが、今思えば結構食べてしまった。そこへ義理の妹が帰ってきたお土産やら、本当なら9日来るはずだった娘夫婦が、お土産の賞味期限がが近いからといって、急遽娘だけがお土産だけを持ってきた。だから家はお土産ばかりとなる。これはまずいでしょ。かといってかみさんばかりに食わせるわけにもいかない。当の本人も体重を気にしているからである。そのため「これ、あなた食べて」お菓子を振り分けられてしまい、嫌が上でも食べざるを得ない。しかも厄介なことにこれらのスイーツが美味しいから始末が悪い。「いかんでしょ」と言いつつ食べれば、太るのは当たり前である。しかも正月である。ただでさえごろごろしているところに、おせち料理など食べちゃうものだからどうしようもない。
 そしてよりによって、仕事始めの前夜、明日から仕事だから、早く休まないと思って、布団に入ればお腹が張って寝られなくなってしまったのだ。
 7日は寝不足でだるい感じで仕事を始め、夕方、薬がなくなるので胃腸科に行く。先生に「お正月はどうでしたか?」と聞かれ、渋々食べ過ぎてしまい、昨日は最悪でした」と言えば、だから注意したでしょうというような顔をされてしまった。深く深く反省する。

 昨年ぎっくり腰をまたやってしまってから、朝通勤時歩くことを止めている。寒くなってきたから、腰に悪いだろうという配慮からである。しかしこの歩くことを止めてしまうと、とたんに運動不足となる。自分でも少しずつ体重が増えてきたなと感じていたから、体重計に乗ることをしばらくためらっていて、久しぶりに乗ってみると、ややっ、や、やっぱり増えている!まずいぞこれは・・・。私の場合すぐお腹に肉がつく。
 お土産を持ってきた娘からも、「太ったでしょう」と言われる。「そう思うならこんなにお土産など持ってくるな!」と言い返す。胃腸もただでさえ冬場は動きが鈍くなるので、症状が出やすくなると先生からも言われていて、実際そうなっている。しかも身体の重い感じがする。たかが2キロといわれるかもしれないが、私には深刻な問題なのだ。
 ということで、8日からまた朝歩くことにした。しばらく歩いていなかったから、当座は軽い感じで歩こう。寒いから暖かくしてね、そしてちゃんとマスクをして。
 当然この連休もちゃんと歩こうと思っていた矢先に風邪をひいた。熱はないが、のどが痛く、咳が出る。やれやれこの休みは休養していなきゃいけないようだ。また巣ごもりだ。

 友人からNHKBSハイビジョンでで「ハゲタカ」を一挙放映すると教えてもらった。最初に放映されたとき3回くらいまでは見ていたのだが、見たくなくなった。面白いだろうということはわかっていた。けれど私はこの原作に苦い思い出があって、それが段々見たくないという気持ちにさせていき、見なくなった。


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 この原作はダイヤモンド社から2004年に発売された。この物語じゃないが、当社の書店部門は“死に体”の状態であった。最後に残ったお店の仕入れの手伝いをしていた私は、この本が売れると思って平積みをしておいたのだが、思った以上はその店では売れなかった。当然NHKで放映されるずっと前のことである。
 私がこの本が売れるだろうと思った当時の理由は、ダイヤモンド社という経済関係の出版社の老舗であること。そこの出版社が出している経済小説であること。さらに外資という問題を扱っていることなど考慮して、さらに私が今まで本屋で経験してきたところの勘で「売れる」と思ったのである。けれどその店では売れなかった。やっぱり長いこと現場を離れているから、その店の立地や環境に自分の仕入感がずれてしまっているんだなと思ったのである。どこか一般的な指標でその本が売れるかどうか見ていたのだろう。もちろんそれはそれで大切なことなのだろうけど、でもそれがイコールその店で“売れる”とはならない。
 私はいつの間にか現場を離れて、何でも一般的常識で物を見るようになってしまっていたのである。そのことが私と現場にいた人たちとの気持ちのズレとなってしまう原因だったんだなと感じたのである。現場が一番といつも思っていたのに、いつの間にか思考方法が現場から離れていたのである。これじゃ現場の人たちとうまくいくわけがない。
 当時は少しでもお手伝い出来ればなんて、という気持ちでちょっと現場に出ていたけれど、結局私が出て行ったことは、きっと当時いたスタッフには面白くなかっただろうなと後で思うようになった。余計なことをしてしまったとさえ思っていた。
 以来私は決して現場に口出すことをやめた。たとえ言いたくても言うのを控えている。まして私は自分とは畑違いの分野の会社に残っているのだから、ずぶの素人である。そんな人間が何を言えるというのだ、と思っている。

 とにかくそういう事情でこの「ハゲタカ」という原作には苦い思い出と重なるのであった。けれどあれからもう6年たつ。苦い思い出は私の中で過去のものとなって、苦いまま残ってはいるけれど、一方で純粋にこのテレビ番組を見てみたいと思えるようになったので、全6話録画しておき、この連休、どこにも行かず、巣ごもりのお伴としているのである。

 やっぱり面白い!

 原作とこのテレビ番組と違いがどう違うのか、原作を読んでいないからわからないけれど、面白い本だったに違いないとテレビを見て思った。私の勘は当たっていたところもあったのかもしれない。なのに当時あの店では売れなかった。だから勘は当たってもいなかった。それだけのこと。
 本当は続けて見たいところを1日2話とかみさんから制限された。調子が本調子じゃないんだからという理由で。だから明日最後の2話が楽しみだ。

2010年01月05日

今年も「本」欲で

新年あけましておめでとうございます

本年もよろしくお願いいたします


 今年の正月休みは例年違い、しっかりと取った。12月30日まで仕事をしていたので、その分後半に休ませてもらった。そうしようと思ったのである。ガツガツ仕事をしても長続きしないし、いささかバテてしまうのが早いので、持続力の方を優先しようと今年は考えている。
 この正月はやっぱり食べ過ぎたかなと思う。もちろん私の場合食べる量などたかが知れているのでけれど、どうしても正月はだらだら食べてしまう。そのためなんかいつも胃もたれした感じがつきまとった。

 この休み一冊の雑誌を買った。「散歩の達人」という雑誌である。


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 私は定期的に雑誌を買わない人で、買うとすればその特集が面白そうだと買う。今回もそうであった。特集が“刺激いろいろ、「本」欲が止まらない 本屋さんが面白い!”であった。だいたい“本屋”とつくだけで触手が伸びてしまうのだ。
 まぁ、特集だけに個性的な本屋さんが載っているわけだけど、それを個性的と見るか、変わりものと見るかで、見解が分かれるのではないだろうか。確かに今まで見たいなステレオタイプの本屋さんだとやっていくのが難しい時代になってきているし、2兆円産業と長いこと言われ続けてきた出版業界が去年その2兆円を割るほどの大不況となっているのだから、なんか打開策を見出さなければ生き残れないことは事実であろう。
 だから、こうした個性的な本屋さんが出て来たこともわからない訳じゃない。けれど、どうなんだろう?置いてある本を限定し、棚に突っ込むのではなく、机やちょっとした台にさも置きましたという感じで陳列し、横にしゃれた小物など置いて、別な意味で本をアピールする。あるいはデザイナーに斬新な棚をデザインさせ、今までとは違う本棚を作り、そこにやはりこだわった本の置き方をする。そんな店内の写真を見てここで本を買う気には私はなれない。なんか本の内容で売るのではなく、装丁と直接目から感じたイメージで本を買わせようとしているような気がしてならなかった。ここで“しゃれたいい感じ”と思って買った本が、後で後悔しないかなと思っちゃう。

 ちょっと前まで私はこうしたデザインに凝った本屋さんもありかなと支持していた。ましてこうした不景気な時代である。本を別な角度から売っていくのも一つの方法だと考えていた。けれどこういう本屋さんは感性が優先される本屋さんで、正直言って、みんなが入れる本屋さんじゃない。その感性を共有できる人が入れる本屋さんじゃないかと思うのだ。それを支持してくれる人が多くいれば成り立っていくだろうけど、果たしてそうした人がこれらの本屋さんにどれだけいるのか、余計なことながら心配してしまう。
 本をしぼって、ある一定の方向の本だけを置き、この関係では私たちは負けませんよというならまだいい。けれど、雑貨屋みたいで、単に本の装丁がデザイン的だからという理由で、内容を問わない本屋って、そうそう長続きはしないような気がした。美術館に行っているんじゃない。本を探しに来ているのである。しかも面白い本はないかなと本屋へ行くのである。得てしてこういう店で買ってきた本は、自分の部屋で見るとどうってことない。当たり前である。だってその本はそこで演習された本であって、その時はかっこいい、すてき、と思っても、自分の本棚で同じ演出が出来るわけない。雰囲気で本を売るのも結構だけれど、やっぱり本は内容だろう。そう思う。
 だから私のはこうした本屋さんは店主の趣味でやっているとしか思えない。そして昔から言われているように、趣味に走った本屋はつぶれることが多いのだ。志は面白いけど、やはりある程度実効性を持たないと、きわものになってしまう。そんなことをこの雑誌に載っている本屋さんを見て思った。
 こういう時代だからこそ、一つの考え方として、本屋の原点に戻っていくべきなんじゃないかと思う。こんな雑誌に載る本屋ではなく、商店街に魚屋さんや八百屋さんがあるように、本屋もそこにあるというようなものもが大切なんじゃないかなと思う。お客の顔の見える本屋はいい。アスクルのカタログに載っているような制服を着た女性店員より、出版社からもらったエプロンをしている店員がいる本屋さんの方が個人的には好きである。ちょっとジャージ姿でサンダルを履いて行けいるような本屋さんが欲しいな。欲しい本がないとかベストセラーがないとか文句を言いつつ、ついつい寄ってしまうような本屋さんって欲しいなと思う。

 ということで、今年も私は本を読む巣ごもり生活を続けることになると思う。毎年言っているのだけれど、本を買うより読む方を今年も優先したい。このまま馬鹿みたいに、衝動的に本を買っていると、ますます読み切れなくなること間違いないからだ。例によって無秩序に読んでいくのだけれど、それが楽しいのだから今までと同じようにやっていくだろう。この雑誌の特集にある「本」欲(この言い回しは面白いなと思う)が私も止まらないのだから、この一年も気ままに本を読んでいきたいと思っている。