2010年02月02日
怒れない?
また腰を痛めた。今回は何で腰が痛むのかその原因に身に覚えがないため、少々不思議なのだが、まぁ、持病が気まぐれに顔を出したのかもしれない。
昨夜から雪となり、今朝はその雪はやんでいるが、ただ路面は凍結しているだろうと思い、腰も痛めていることだし、早めに家を出た。そうしたら思ったより早く着いてしまい、事務所に入るには早すぎてしまった。駅から出て近くにあるVELOCEに入り、この文章を書いている。
電車は混んでいたが、私が立っている前に坐っている人が降りたので、これはラッキー!と思い、腰も痛めていることであるし、坐ることにした。そして続いて本を読み始めた。
左隣りに坐っている女性が眠っている。お疲れなのかもしれないが、腰を痛めている私に寄りかかられるとかなりきつい。特に左側に痛みがあるので、そこに寄りかかられるとかなりきつい。まさかこんな展開になるとは予想だにしなかったので、本を読むどころじゃなくなってしまった。次の駅が近くなると電車は減速するため、余計に私に寄りかかってくる。私は私で強く寄りかかれる度に、顔をしかめる。
電車の中は外と比べ暖かいし、疲れていれば眠たくなるのもわからないわけじゃないが、できれば今回は勘弁して欲しい。私は何度も姿勢を正すように、身体を動かし、「頼むから寄りかからないでくれよ」という意思表示をするが、何遍やってもダメであった。
最近はこうしたことに文句を言えなくなった。昔なら間違いなく、はっきり声を出して文句を言ったに違いないのに、それができなくなった。というか、「迷惑だ!」と文句を言うべきかどうか迷っているいるうちに降りる駅に着いてしまった。
弱くなったなと自分でも思う。それも歳をとる度にその傾向が強くなっていくのが自分でもわかるだけにしゃくであった。
若い頃は、よく喧嘩をしていたし、嫌なものは嫌だとはっきり意思表示していた。本屋で働いていた頃も、不埒な客と喧嘩を何度もした。会社の中でも客とトラブルを起こす常習犯であったし、それは何も店の外だけに限らなかった。店の中でさえ、出来の悪い上司や店長としょっちゅうやり合っていた。いや、そうじゃなくて“本屋として俺の方が能力的に上だ”といううぬぼれから、上司を上司と思わない態度で接していた。だからバイトのやつに、どうして私があんなに高飛車な態度を取るのか不思議がられた。みんなが文句も言えず言いなりに仕事をしているのに、私だけが自由にやりたいようにやっているとも言われたこともある。
客とトラブルになれば、客は会社の責任者にクレームを入れることが多く、その度に社長に呼び出され、怒鳴られた。あの頃は社長も若かったから、結構迫力があったけど、私は馬耳東風であった。
そんな自分がたかが電車の中で寄りかかれる女性に文句の一つも言えないのである。変われば変わるものである。結局昔ならもう一回スイッチが入ってしまうと、後先構わず、感情が赴くまま行動していたのが、今はここで問題を起こせば後が厄介になると計算してしまうのだ。だから我慢してしまう。それを丸くなったというのかもしれないが、私はそうした後のことを計算してしまう自分が嫌な部分がある。特に最近は。確かに体力的に落ちているところもあるから、気力もそれに伴って衰えてしまうのかもしれないが、いつもどこかで計算してしまう。差引マイナスになるのがはっきりとわかっているなら、進んでマイナスにする必要はないと考えてしまう。 そういう計算高い人間が嫌いなくせに、自らがそうした人間に成り下がってしまっているのを感じたときの、砂をなめたような感覚が嫌なのである。それがストレスとなる。ただでさえ加齢による機能低下で胃や腸が弱っているところに、こんなストレスが日常あっちこっちかかってくるものだから、悲鳴を上げても当然のような気がする。なかなか悟りの境地に入れないため、そういうことになってしまっている。
それでもまだ私はかなり自由にやらせてもらっている方だろうとは思う。プライベートでも仕事でも。もしそうじゃなければ、雪だからといって早く会社出てこない。さて、そろそろ時間だ。頑張って仕事をしましょうか・・・。
- by kmoto
- at 10:06
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